(時間がないので、ちゃんとした論文になってません。
飛躍もあるし、論証が不十分です。
稚拙な文章、ご勘弁を)
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国民投票の結果、
イギリスがEUを離脱することが確実となった。
これについて、
塾ブログだからといって、
なにかテスト対策に役に立つだろうこととか、
事情の解説であるとか、そういうことを書くつもりではなく、
っていうか、そんなん、書けないし。
僕は経済学者でも政治学者でもなく、
どちらかと言えば思想家に近いと思うので(哲学科卒)
もちろん、イギリス離脱によって
世界経済(特に日本)に与える影響は甚大だろうし、
政治的不安も今後拡大していくことが予想されるけど、
だから、そういうことを書くのではなくて、
たぶん今日という日は
歴史的な日になると思うので、
自分がこの日に何を思ったかという
「覚書」なのである、これは。
さて、前述のとおり、
これから訪れる経済的な反動、
たとえば、急激な円高とか株安とか、
それにともなう社会構造の変化とか、
そういうのを一切おいておいて、
イギリスの離脱は
何を意味するのか。
これは、
グローバル化への断念の象徴である。
そもそも、グローバル化というのを
海外進出することとか、
外国人と付き合うことと、
表面的にとらえている人も少なくないようだが、
「Globe」=球という語源を考えれば
外に出ていくこと、
他者とつきあうことがグローバルなのではなく、
境界線をとりはずしていく、
まじりあって一体化していく、
結果的に、球のように
始まりも終わりも、上も下も、
境界のない状態になることが
グローバル化であると理解する。
グローバル社会に向け、
「外国で働くこと」を想定していた人は
残念ながら、そうではない。
日本というこの土地にいながら、
複数言語が使われ、さまざまな価値観がまじりあい、
他国との境界線が薄まることである。
人間の歴史を考えてみれば、
起源以来ずーっと、
境界線の取り外し、
障壁の破壊は続いてきた。
ベルリンの壁はひとつの例になるだろうが、
十字軍の派遣であっても、
十二使徒の宣教であっても、
コロンブスやマゼランであっても、
植民地化であっても、併合であっても・・・。
つまり、それがどういう「圧力」であるとか
「善」とか「悪」とか、
そういう基準で考えるのではなく、
あくまで構造的にとらえるとするなら、
結果的に一体化は確実に進んできた。
もちろん、戦争・侵略であって、
(そこにヒトの意志とか狙いとか
政治経済をはさむからややこしいのであって)
現象・構造だけとらえれば
「一体化」の表象のひとつである。
そこにおいて、EUなんてのは分かりやすかったね。
ECからの流れでいうと40年以上の時間をかけ、
少しずつ、じわりじわりと、
一体化、グローバル化は進んでいた。
あ、言うまでもなく、
TPPにしたって、同じようにとらえてます。
が、それは非常に奇跡的なバランスの上に成り立つもので、
別に僕が実存主義者だから言うわけじゃないけど、
碇シンジ君だって
最後は他者との一体化を拒むのである。
いったい、この拒絶反応は、
あたかも我々の肉体が
他者の臓器移植をすんなりと受け入れないように
細胞レベルで有している防衛反応なのだろうか、
とにかく、
グローバル化は「タテマエ」であって、
「善」であるかもしれないけど
「願い」であったかどうかは甚だ怪しく、
本当に、いつ切れるかわからない
交差する糸の上に
住み家を作ってきたようなものである。
(だからこそ、戦争や圧力が有効手段であって)
カンタンに言いかえれば、
ガマンして、妥協して、
他者と混じりあってきた。
その目的は、
全体統一による
個々への危機の回避
にほかならない。
しかるに、今回のイギリスの決断は、
グローバル化へのあきらめと、
個への回帰、
哲学用語的に言うならば
社会構造の利益ではなく
実存個体の利益を選んだということになる。
ある意味、構造主義発祥のフランスではなく
経験論・合理主義のイギリスだったことは
妥当なのかもしれない。
一体化・グローバル化は
「構成要素」すべてが
球体の一部になることを意味するので、
「ほころび」が生じたとたん、
もはや球体は完成しない。
「ほころび」は広がる。
そりゃそうだ、
ある意味「力づく」で、
なんとか球のカタチを保っていたのである、
(その意味においては
イギリス国民の選択は
ものすごい「勇気」ある行為であったとも言える。
ヒトは誰しも「習慣」を変えることに
抵抗感と不安と恐怖を覚えるわけで、
あまつさえ、
数千年にわたる人間社会の歩んできた方向性と
逆のベクトルを選択したわけだから)
一か所のほころびは、
後に続くものを生む。
つまり、「追従」が始まる。
ここで言っているのは、
繰り返しになるけど、
だから、政治的なことでも経済的なことでもない、
つまり、現象として
ドイツだのフランスだのが離脱方向に動くかどうか
それはわからないし、どーでもいい。
ではなくて、「思想」「思考」のハナシをしている。
意志はヒトが持つものであるが、
国がヒトの集まりである以上、
国もまた意志をもつ、
そして国の意志はいつしか
ヒト個人とは独立した意志のようにみえ、
たとえば、
アメリカの意志は、
とうにアメリカ国民ひとりひとりの意志の集合ではなくなっている。
で、イギリスという国の意志は
一体化ではなくて
個々実存を選んだ。
これまた分かりやすく、
「全体秩序」とか「集団の利益」ではなく
「自分勝手」を選んだと言っても
差支えないのではなかろうか。
「そこまで大きくなる問題ではない」
「イギリスだけで、秩序が壊れるわけではない」
「全体経済はそこまで打撃を受けない」
「イギリスの事情を考えろ、イギリスこそ移民で苦しいんだ」
「むしろ平和的な方法だ」
という反論については
だから、
そういう現象のことを言っているのではなくて、
「そっちを選択した」ということそのもの、
「そっちを選んだ意志・思想」のことのみを言っている。
イギリスはまた、個人と同様に
多く存在する意志のひとつである。
同様の意味で、
世界は、
一体化を断念した。
まとめると、
今日、世界の向かう先は
大きく方向転換したということである。
この選択は正しいのか間違っているのか?
だから、そこは論点ではないし、
そんなこと、しらない。
これについて
善も悪もないと、初めから言ってる。
僕もまた実存主義者で、
構造寄りの実存だから、
僕がすることは「構造」を「とらえる」ことだけ、
構造を変えようとは思わない、
むしろ実存者として、
アメーバのように一瞬一瞬姿を変える構造(=世界)
において、
いかに自分が存在するかに集中している。
世界が実存を選ぶのであれば
日本もまた然りなのではなかろうか。
kama今日は読みづらい文章ですいやせん。
数年後に自分が読み返すための覚書でございました。
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