学習塾愛夢舎 入間市教室のブログ -33ページ目

学習塾愛夢舎 入間市教室のブログ

2000年9月。入間市・武蔵藤沢に「学習塾愛夢舎」誕生。
たった8名の生徒数でスタートした小さな塾ですが、地域に愛され成長を続け、
2014年冬、豊岡に「入間市教室」をオープン。
入間市教室の日常を報告いたします。
お問い合わせ:04-2901-8220


【序】


オリンピックが始まりましたね。

僕は、こう見えて
スポーツ大好き人間でして、

もっとも、高校を卒業して以来、
自分で真剣にやったスポーツは特になく、
また、プロ・スポーツなどを
現地に観戦に行くこともなく、
じゃあ、どう「好き」なのかといえば
ひたすらテレビで観戦する程度なんだけど、

それでも、昔はスポーツ少年だった、
小学生の頃は、3年生から6年生まで
長野県らしく、学校の「スケートクラブ」に所属し、
毎週日曜日はスケートセンターで朝から夕方まで練習、
中学生になると、
バスケットボール部でキャプテンを務め、
腰を痛めた経験から高校では陸上競技へ転校、
800メートル走では、
国体の県予選でいちおう8位入賞するくらいの成績だった。

いまだにスポーツが好きだから
オリンピックが始まるとなると、
夏冬問わず、心の底から
(テレビ)観戦をしたくてたまらなくなる。

オリンピック中継には「時差」が敵となるが、
時間さえ許せば、
自分の生活リズムを現地時間にあわせて
チャンネルザッピングして、
可能な限り、すべての競技を見たいと思う。

陸上や体操、水泳、バレーボールなど
メジャーな競技も確かにおもしろいのだが、
たとえばカヌーとか馬術とか、
あまり知られていない競技がおもしろかったりする。
(実際、カヌーは、見てるだけでかなりおもしろい)

およそ、あらゆる物事に面白味を感じようとしてるので、
冬期でいえば、バイアスロンとか。。。
カーリングについては、
世間の注目が集まりだすだいぶ前から
そのルールを熟知していた。

もちろん、社会人になってからは
(テレビ)観戦もままならなくなってしまったわけで、

だから、夏休みで
オリンピック観戦ができる子どもたちが
うらやましいなぁ~~
なんて思っている今日この頃である。


【歌と歴史と】

僕が記憶している
(テレビ)観戦した最初のオリンピックは
1984年のロス・オリンピックだった。

10歳のときであり、
年齢を考えればその前のモスクワだってみててもよいが、
なにせ西側ボイコットの大会、
たぶん中継もへったくれもなかったであろう。

ロス・オリンピックについては
テレビでも特集番組が組まれ、
ドキュメンタリー映画までできた。

カール・ルイスがヒーローだったし、
体操の具志堅・森末、
マラソンの瀬古・宗兄弟、
女子バレーの江上・中田を応援し、
サボーとレットン、どっちがかわいいかと姉と討論した。

音楽が好きだった。

スターウォーズで知られる、
あのジョン・ウィリアムス作曲のテーマソングは
レンタルレコード(‼)で姉が借りてきて聞いた。

ジョン・ウィリアムスが好きだったから
何度も聞いたし、いまだに名曲だと思う。

ソウルのときの
「ハンド・イン・ハンド」も好きになった。

そして、「バルセロナ」である。

その頃は「QUEEN」も好きになっていたし、
オペラを観るようにもなっていたから
カバリエも知っていた、
なんとぜいたくなテーマソングかと思ったもんだ。








・・・ほんのちょっとだけ、
オリンピックについての思い出を書こうと思ったら、
自分でビックリするほど、とんでもないことになった。
たぶん、ロスだけで1記事書けるが、
その後続き、ソウル、バルセロナ、アトランタ、シドニー・・・
さらには、冬のサラエボ、カルガリー、アルベールビル、
リレハンメル、長野・・・と、
いちいち思い出があって・・・これは大変なことになった。


だから、やめるけど。。。。





・・・いったい、
今回の
「盛り上がらなさ」は
なんだろう???


いや、実は盛り上がっていて、
テレビをほとんど見なくなってしまった僕が
知らないだけかもしれず、それならいいんだけど、

どうも、ロスとかソウル、
カルガリーやリレハンメルのときのような
盛り上がりは感じられない。

そもそも、テーマソングがあるということすら
今の子どもたちは知らないのではないか?

昔は、CDレンタルに並んでたんだぞ?
僕なんか、借りて「ダビング」しちゃったんだぞ?
「バルセロナ」に至ってはいまだにPV見るんだぞ?

今回のテーマソング、どんなんだ???



まあ、おそらくは
情報取集の手段が個人レベルで多様化し、
カンタンに言うと、
みんながあまりに膨大な情報に囲まれるようになったから
特定の情報に集中しづらくなったという、
それだけのことなんだろうけど、

なんか、ここには、
「メディアの方向づけ」、
つまり、ある程度は
国民なりがオリンピックについて
「共通理解」を得られる程度の「申し合わせ事項」

というかがあってもいいと思うよ。

少なくとも、自国開催の4年後は
ほっといても各メディアが
オリンピックを話題にするんだろうけど、

情報収集の多様化というのは、
別に、
テレビやインターネットだけのハナシだけではない。

いくらテレビ各局がオリンピック特集ばっかりやっても、
そのテレビに
子どもたちが見向きもしなければ意味がない。

つまりは、テレビ・インターネット・新聞とか
そういうマスメディアのはたらきかけだけではもう無理で、
親なり学校なり地域なり企業なりが
よってたかって「方向づけ」をしないと、

もうオリンピックのテーマソングが
話題になるようなことはないんだろうね。



でも、東京オリンピックに向けては
「和楽器バンド」という
日本的であり、西洋的である音楽が
ちょうど話題になっているところであるから、

ぜひ彼らの音楽を起爆剤として
もいちどオリンピックへの注目度が上がればいいと思う。


【悲惨】

そうでないと、ゆゆしき現状が長引いてしまう。

各学年の子たちに聞いてみた。

小学生は、聖火の存在をしらない。

もちろん、聖火がギリシャで点火されることも、
入場行進でギリシャが先頭であることもしらない。

オリンピックの意義が、
世界が集うことにあることも、当然しらない。



中学3年生のある子たちなんかとは
恐るべき会話になる。


「えっ?今、オリンピック、やってるの?」

「やってるよ。知らないの?」

「だって、4年とか、まだまだ先じゃないの?」

「それは東京でしょ。東京の前の大会だよ」


「前ってなに?」


「いや・・・東京の前の回・・・

 するとなに、東京の前はいつ開かれるっていうの?」



「やらない」


「やらない?!
 えっ?何、言ってんの?!」

「えっ?
 オリンピックは4年後って決まったじゃん。
 先生こそ何言ってんの?
 東京の前って、なに?」




・・・もはや、オリンピックが
4年に1度行われているということすらも
知らない子どもたちが現れている。


これは、
興味があるとか、興味がないとか
そういうレベルの問題ではなく、

もはや
「常識」「非常識」のレベルだと思う。

こうなってくると、
数学とか英語とかを教えてる以前に
もっともっと、
とにかく「会話」してあげなきゃと思う。


別にオリンピックだけじゃないけど、


我々くらいの世代だと
「知ってるけど、興味はない」
という人はいた。

今の子たちは、
「興味がない、だから知らない」

いや、もしかすると、

「知らない。
 だから、興味のもちようがない」

なのかもしれない。


サッカーのオフサイドとか、
水泳のバサロスタートとか、
バレーボールのリベロとか、
ウエイトリフティングのジャークとスナッチの違いとか
(三宅選手、おめでとうございます!!)
そういう、ちょっと難しいのはいいとして、

せめて、体操競技の種目名とか、
そのくらいはわかるように、
観戦してほしいもんだと思う。

ねこkama


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今日と明日は、
理科・社会特別講習」

中学3年生は
全員参加で
理科と社会の授業を受ける。

1コマ90分の授業が2コマずつ。
つまり、理科と社会が
それぞれ3時間ずつ。

それを、今日と明日の2日間と
8月9・10の2日間、
計4日間行うので、

理科と社会、
それぞれ12時間ずつの授業


なるほど、特訓だ。


・・・とお感じかもしれないし、

確かに
この12時間で、中学1・2年生の総復習、

たとえば、社会であれば
「地理」と「歴史」の全範囲を扱うんだけど、


12時間では、到底時間がたりない。

たりないというか、
そんな、ねぇ、
12時間、4日間の集中学習で
高校入試に必要なチカラがついちゃうんだったら、
はじめっから
3年間のうち、4日間だけ
しっかり勉強するってことになっちまう。
そんな虫のいいハナシはない。

だから、ここでは
「知識を蓄える」というよりは、

「チカラをつける方法を知る」という方が正しい。

要するに、
「これを覚える」ではなくて、
「必要なことがこれだけあって、
 それを得るために、こういうことが必要である」
と理解する。

実際にチカラをつけるのは
これからの何ヶ月もかけてのハナシだ。


今日と明日の社会は
「地理」に集中する。

「歴史」は8月の特別講習で扱う。


そもそも、
「地理」と「歴史」と、
同じ勉強法で良いと思っているとしたら
そこからして間違いである。


そうそう。


表題の件。


よくね、
「社会は暗記科目だから、
 覚えればいいんですよね?」

って言う人がいる。

間違いとは言わない。

けど、乱暴すぎる。

覚えるべきことの種別というか
性質が全く異なるし、
どっちかというと、
「覚える」より「理解する」が大切だし、


だいたいにおいて、
「社会=文系科目」
という理解の時点で、
ホントにそうか?と疑うべきである。

僕の中では、
地理は理系科目で
歴史は文系科目だ。



当然のことながら、
勉強の仕方も、理解の仕方も大きく異なる。


たとえば、
「社会は教科書を一生懸命読むべし」
というのは、
「歴史」はそうだけど、
「地理」の場合、それよりも大切なことがある。
っていうか、読んでもよくわからない。

地理の勉強においては
相手が「地球」なのだから、

すぐそばに「地図」がなければならない。

必ず、「地図」とともに勉強すべきなのだ。


そこで、今日の3時間の授業では、
生徒たちは、
一生懸命、地図を作った。

日本地図や世界地図を使って、
いろいろな情報をそこに吸収していき、
それとともに、知識を蓄えていく、

このやり方は、
僕が地理を指導するときには
ずーっと同じようにしているわけなんだけど、

今日、僕の指導に従いながら作ったこれは
あくまでも「お手本」、「見本」。

これを参考に、
これから受験までの期間で
何度も何度も、自分ひとりで同じようにこしらえ、
また、テーマに沿って自分なりの地図を作り、
最終的に、
何も見ずに、日本や世界の白地図に
必要な情報をどんどんどんどん書き込んでいけるようにする、

そのレベルまで到達すれば




基礎知識は
OKだ。


・・・そう、残念ながら、
それで「基礎知識」だ。

埼玉県立入試をみすえれば
その「基礎知識」を材料に
文章を書けるようにしなければならない。
理由を説明したり、事柄を説明したり、
とにかく、記述が多いのが
埼玉県型テストの特徴だ。

やがて記述の練習もしていくんだけど、
まずはその材料たる知識を充実させなきゃね。

明日は世界地理です。


ねこkama


ちなみに、歴史においては
「年表をこしらえる」が
鎌田式勉強法でし。


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昨日より、夏期講習会がスタートしております。

愛夢舎の夏期講習は
各期4日間×全4期=16日間
で行っております。

今日は、第1期の2日目。

昨日は、夏休みに入って初めての塾ということもあって、
提出物をまとめたり、宿題の確認をしたり、
授業の進行についての説明を受けたり、
そもそも、この講習会から初めて通い始める子もいるので、
愛夢舎の授業開始時に必ず行う
「静座」をみんなでしっかりやってみたり、

そんな「ガイダンス」的な内容も含む1日でしたが、

今日からは、いよいよ本格的に
「中身」に入っていきます。



↑こちら、石塚先生の
中学1年生の数学授業。

3年生の合宿でも数学を担当する石塚先生だけど、
ふだんは笑い声の絶えない、
しかしメリハリのある、迫力授業です。

↑こっちは、吉田先生の中2英語。

レベル差のある生徒たちに対応して
緩急つけた授業を展開する吉田先生は
このごろは「老獪さ」と呼ぶほどの技量も
身につけてきましたよ。


もっとも、講習会の授業は
1回たったの50分。

毎日あると言っても
授業だけで何か大きな成果を築けるものでもない。

部活動で忙しい子も多いと思うけど、
できる限り、積極的に自習室を利用し、
チカラを積み上げていきたい。

そんなことを思っていたところ、
中学1年生たちは、授業開始の1~2時間前からやってきて
宿題をやったり、問題演習を繰り返したり。
感心、感心♪

さて、そろそろ僕も授業です。

例の「オール文法」の中2国語、
今日は、文の成分と品詞の種類に踏み込みます。

ねこkama


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本日より、夏期講習会がスタートしております。

ホントは、この記事も
ゆうべのうちにアップしようと思ってたんだけど、
なんだか自宅のPCに不具合が出て、
日付をまたいでしまった。><

なんだかマヌケなタイミングだけど、
書いちまったもんだから、いちおうアップいたしますよ。

~~~~~~~~~~~~~~~

昨日は、ひさびさにオフらしいオフをいただいた。
ふだんは休日といっても、
休みのほとんどは家事に費やすことになるので、
あんましオフらしくないのである。
今回は少し多めのオフをもらったんだけど、
なんとまあ、初日でいきなり体調を崩したりしたので、
今日、ようやっと、オフらしいオフを過ごす。

・・・ところがどっこい、
前日から強烈な雨。。。

おとなしく家でおそうじかと思ってたんだけど、
朝、わがムスメの
「くじだじょ~~~っ!!!」の掛け声。

(・・・なんだかしらないけど、
ウチのムスメは「朝だよ、起きよう!」というかわりに
「くじだじょ~~~っ!!」って叫ぶ。
もちろん、9時ではない、
僕が起きたのは7時半くらいである。)

関東は雨だけど、
山梨に行くと、むしろ晴れると、
天気に詳しい相方が言う。

山梨といっても、富士五湖方面はダメで、
勝沼より先、甲府とかさらにその先の方がよいらしい。


で、向かった先は ↓


清里でした。


実は、先週あたりに
僕が最も好きな場所と公言している
霧ヶ峰~車山高原~美ヶ原に出かけたかった。

しかし、これまた悪天候に見舞われ
機会を逸しているうちに
この時期の名物である
黄色のニッコウキスゲの花も散ってしまった様子。。。
昨日、行こうとおもえば行けたかもしれないけど、
今年は断念したのでした。

そのかわりに、少し距離の近い清里。

ここは、山梨県営の「まきば広場」といいまして、
ヤギだの羊だのと、間近に触れ合える公園なのです。

確かに、山梨に来ると
天気はよかった。

そもそも出発の段階で、
中央道八王子ジャンクションを中心に事故渋滞があったので、
高尾山口から高速に乗ろうとしていたプランを
インター直前で急きょ変更し、
下道で相模湖まで走る。
(それでもあんまり時間がかわらない、
 そういうところに住んでますww)


事故渋滞の影響か、
やや混雑ぎみの雨の中央道を走り、
4キロを超える長さの笹子トンネルを抜けると
そこはみごとな晴れだった。

天気っていうのは、ホントに難しいもんです^^;

ひとまず、まきば広場でお散歩。

ごらんのとおり、
草をはむヤギさんにちょっかいだしても叱られない。

ヒツジさんもだいじょうぶ。
動物が大好きなわがムスメにとっては
非常に嬉しいスポットなのである。

ところで、
ここ、駐車場に近づいて思い出したんだけど、

そして、近づくまで気がつかなかったんだけど、


僕、以前に来たことあるところでした。

正確には、走る道路のようすとか、
周囲の景色とかから
「もしかして・・・」と思ったんだけど、
なにしろ、以前に来たときには
地名すらわからず、なんとなく立ち寄ったものだから。


実は、

僕の周囲の方は、もちろんご存じなんだけど、


清里だの野辺山だのって、
「地元」とはいいませんが、
僕が子どものころからしょっちゅう来ていた場所なんです。


僕は、生まれこそ千葉県市川市ですが、
小中高と、長野県佐久市で過ごし、
さらに両親が佐久市に家まで購入したので、
今となっては
僕自身
「長野県佐久市出身」と申しております。

小学校に上がるときに
佐久市に引っ越してきたんだけど、
佐久から清里までつながる国道141号線は
本当によく通りました。

おそらく、親戚一同が暮らす
東京調布付近に出かけるのに
当時は上信越道がなかったから
須玉インターから中央道に乗る方法しかなくて、
それゆえでもあったのでしょう、
国道141号線を走り、清里をくだり、
須玉ICから中央道に入って
双葉SAで夕食をとる、
それが我が家の「東京詣で」のおきまりのパターンだった。

父親が休みのときには
野辺山・清里には、本当によく出かけた。

佐久からは国道141号線を
1時間ほど走ると到着する。

知る人ぞ知る、
国鉄(←当時)標高最高地点での記念写真は
小学生低学年の頃から何枚もある。

姉が学校で遠足に行ったという
清里の奥、飯盛山には
母と姉と僕の3人で出かけた。
「獅子岩」なんていう奇石にも登った。

清里ではないけど、少し佐久よりの野辺山では
父・姉・僕の3人で
パラボラアンテナの見学も行い、
その帰りに、母が交通事故に遭ったという知らせが届いた^^;

当時、オリエンテーリングの同好会を主宰していたので、
仲間と、清里駅を中心とするパーマネントコースをまわり、
「美しの森」まで登った。

当時の清里は、駅を中心に
原宿を思わせるようなおしゃれな店舗と
若い人たちの混雑でにぎわっていた。


すべて、僕が小学生のころのハナシである。

やがて、清里は、廃れた。

正確には、駅周辺が廃れた。

ビートたけしのカレー屋も
梅宮辰夫の漬物屋もなくなり、
商店の多くはシャッターが閉じられ、
人は去った。

僕が「まきば広場」を訪れたのは
今から15年ほど前のことだと思う、
家族4人で飼い犬をつれてドライブしてて
なんとなくこの場所を見つけたのだった。


とにかく、小中学生のころに
あれほどまでによく来ていた清里、

とーんと訪れなくなった。



が、そんな清里に行くとなると、
僕としては、
ぜひ欠きたくない場所がある。

っていうか、
「清里に行く」というよりは
「そこに行く」といった方が強いかもしれない。


それが、
「ROCK」だ。

「ROCK」はレストランである。

清里の「萌木の村」の中に存在する。

萌木の村は
森に囲まれて、いい雰囲気のお店が点在している。
また、森を歩いていると思うと、
突如、メリーゴーラウンドが現れたりもする。

昔のアメリカのお祭り会場を思わせるメリーゴーラウンドは
もちろん動く(300円)

とても素敵な場所なのだ。

その萌木の村の入り口に
「ROCK」は存在する。

っていうか、
ROCKの創設者が
萌木の村の村長さんだ。

ROCKは
もともと、国道141号線ぞい、
交差点の脇にあった
喫茶店である。

昔のいでたちは
こんなんだった ↓



僕は、父に連れられて
ここによく来た。

父が休日の土曜の夜などに、突然言い出す。

「カレー、食べに行こう。」


近くのファミレスとかではない。
車で1時間かけて、
清里のROCKまでカレーを食べに来ていたのだ。

どういうわけか、来るのは夕食に限られていたので、
毎回毎回、薄暗い建物、
当時は2階が入口だったので、
急な階段を登って、入口のドアをあけると、
右側はカウンター、左側の壁には
馬の蹄鉄だの、馬の鞍だの、
カウボーイハットだの、さまざまなフラッグだの、
アメリカを思わせるいろんなものが飾ってあった、
カウンターの先は少し広くなっていて、
右側には本物の暖炉で薪が燃えている、
そのやや前のテーブルで
家族4人でビーフカレーを食べた。

その大人びた空間へのあこがれもあったと思うけど、
僕はここのビーフカレーが大好きになった。

色は、ほとんど黒。
じっくり煮込んだゆえであろう、
ホロホロに繊維状にほどけた牛肉、
濃く、濃厚で、ひたすらコクのあるルウ、
そこにくどくない、申し訳程度のドレッシングをまとったサラダ、
さらに、いまだに正体がよくわからない
緑色の漬物っぽいヤツのみじんぎり、
これをまぜて食べるカレーは、本当に絶品である、
仕上げに、レーズンバターがさらにコクを上乗せする。

昔のROCKでカレーを食べたのは
これまた
もう30年以上も前が最後になるけど、

いまだに、僕にとって
ROCKを超えるビーフカレーはないと
公言する。



そのROCKは、
駅前が廃れた今もなお
清里に健在だ。


清里に行くなら、
ROCKのカレーを食べる。

それが、僕の中で
「条件」のようになっている。


今回、清里の方に行くことになって、

当然のごとく、

昼食は

「ROCKのカレー」。


父は、ROCKが「萌木の村」に移転してから
「変わってしまった」と、寄りつかなくなってしまったようだ。

確かに、店の雰囲気は
昔の隠れ家的な要素はまったくなく、
ひたすら明るく、にぎやかで、大所帯、
だいぶかわってしまった。

でも、僕の中では
カレーの味は当時のままだ。


当たり前だけど、
ROCKのメニューはカレーだけではない。


が、今にして思うと、
僕は30余年前から、
ROCKで、カレー以外のものを食べたことがなかった。


今日、はじめて
カレーをたべつつ、
ハンバーグも頼んでみた。

わがムスメに、ビーフカレーはムリなので、
ハンバーグの、ソースがかかってないあたりを
お昼ごはんのおかずにしてもらう。

このハンバーグもまた絶品。
あたりまえだけど、
ハンバーグとライス・パンで、十分すぎるほど、満足だ。


けど、
やっぱりビーフカレー。

レトルトパウチも売ってるので、
お土産用にいくつか買ってきましたよ。


高校生になってからは
ROCKにも清里にも行かなくなって、
大学生以降は、そもそも長野県を離れたから

「30年来の行きつけ」とは言えないけど、

なんつーか、
僕の40ウン年間の人生の歩みと、
ログハウス風の一軒だけの喫茶店から
村一つまでに成長したお店に、
かつては父に連れられて通った自分が
今度は父となって家族を連れて、
そして、変わらぬカレーをいただき・・・

変わるものと変わらないもの、
あるいは、
変わったようにみえるけど
実は、いつまでたっても変わらないもの。

ムリヤリこじつければ
かつてはボロ家を教室にしてた塾が
ビルのテナントに入って、
2教室になって、
でも変わらぬものもあって。。。


とりあえず、ROCKについては
同じく当地限定の地ビールを買って帰るくらいの
甲斐性はついたようですよ。

ねこkama

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おひさしぶりの日記更新です。

これまた、オフィシャルブログ
同じ内容になりますが、


本日で、愛夢舎は
1学期終了となります。

明日18日から
21日木曜までの4日間は
講習会前の休館期間
となり、

武蔵藤沢教室・入間市教室とも
授業が実施されないほか
自習室も使用できません、

また、基本的にはスタッフ不在となるので、
同期間中は、電話も留守電対応となります、
どうぞご容赦くださいませ。



7月22日からは
夏期講習会がスタートします。


講習会についての「まとめ」記事へは
こちらをクリックいただけるとジャンプします。



夏期講習参加申込は
ギリギリ当日まで
お受けしております。


たとえば、22日の初回授業に
「体験」というカタチで参加いただき、
その日のうちに、
翌日から正式参加されるかどうかを
お決めいただくという方式になりますが、
(もちろん、お気に召さなければ、
 料金をいただいたり、
 しつこく勧誘したりということはありません、
 講習会で忙しいさなか、そんなヒマはありません><w)

当日まで体験予約はお受けいたしますので、
まだ迷っているという方は、
ぜひお気軽にお電話くださいね♪
(休館期間中はつながりません。
 本日中か、22日当日にお願いします。)


・・・ってだけの記事なんだけど、
なんもないとサビシイので
なんとなく教室の写真を貼ってみますww


↑こちら、メインとなる402教室。


↑こっちが、サブの401教室。


最近、お問合せいただく方に
「集団授業っていうと、
 どのくらいの人数を想像されるもんですか?」

って、逆質問してみてる。

というのは
「集団というくらいだから、
 学校と同じような授業、
 生徒さんは20人とか30人とか・・・」
というイメージをお持ちの方も
少なくないようだから。

たしかにそういう「集団」もあるだろうけど、
ウチの場合は、
「集団」というのは
あくまでも「先生が授業ペースを作る」という意味で用いており、
実際の人数は、教室でご覧いただくとおり
ほとんどのクラスは5~8人くらい、
最大でも10人程度です。
武蔵藤沢本部にしたって、最大15名ほどで考えており、
それを超える場合にはクラスを分割します。

つまり、それくらいの人数でないと、
ひとりひとりを大切にした授業をお約束できない、
ということです。

なので、
「人数が多いと、ウチの子は埋もれちゃう、
 わからないところがあっても質問できない」
とお思いの方も
どうぞご心配なく♪

ねこkama


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オフィシャルブログ
同じ主旨でございます。

スイカ_01夏期講習会」
(通常学年:全16日間。
    対象:小学5年生~高校3年生)

についての
ご案内の記事なのですが、

十把ひとからげに
「講習の特徴」ってったって、
学年ごとにポイントも異なるし、
指導内容について、
料金について、
スケジュールについて・・・
と書いていると、
とんでもない文章量になってしまう、

そこで、この記事は
詳細内容の記事への
ターミナルとしています。

以下のタイトルが
そのまんま、
記事へのリンクとなっています
ので、

お気になるタイトルをクリックいただけると、
該当記事にジャンプするというしくみ
です。

もうひと手間おかけしますが、
どうぞご覧くださいませ。



「圧倒的勉強量の中学3年生」
         中3夏期料金 59,400円
         全20日間 標準学習時間170時間


「中学2年生の国語はオール文法」
         中2夏期料金 38,880円(3科 16日間)


「中学1年生は
  ここが運命のわかれみち」

         中1夏期料金 35,640円(3科 16日間)


「小学生は規則正しい生活習慣を」
         小6夏期料金 30,240円(2科 16日間)
         小5夏期料金 28,080円(2科 16日間)


「夏期講習会時間割」


「夏期講習会の料金」



「偏差値10以上の
     急上昇を毎年達成。
 愛夢舎絶対自信の夏期合宿」

            中3・高3対象 75,600円


・・・そもそもの
愛夢舎の指導方針、教育理念については ↓


「幸せ」と「2つ先」


「教育方針~対象は
    「幸せを目指す人」全員」



「2つ先をみた指導」



「個別指導か集団指導か」



特集記事は書いてませんが、
もちろん、
高等部も講習会を実施します。

(高2・高3は武蔵藤沢教室のみ)

高等部のご紹介は
こちらの記事から ↓

「東大を
  射程内にとらえる高等部」

     高等部講習会は講座選択制。
           1講座30,240円~
 

また、講習会の実施はありませんが、
小学3・4年生を対象に

授業料無料で実施しております
「地域支援コース」
9月からの後期入会生を募集しております。

「地域支援コースのご紹介」




お問合せ、ご相談は
各教室まで。


武蔵藤沢本部教室
04-2960-5336

入間市豊岡教室
04-2901-8220


土日もやってます。

受付時間は午後2時から10時まで。


よろしくお願いいたします^^


ねこkama


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どうも、時間に対して
意識が甘いというか、ズレてるので、

タイマーを貼ってみる。
(←←←←画面左)


テストの前日に
「時間がない!」と わめくなら、
なぜその前の週末にのんびりしている?

入試が近づいて
「覚えられない!!」と わめくなら、
なぜ、定期テストが終わるたびに
せっかく覚えたことを忘れてしまう?

「睡眠時間、減らさなきゃ!」
なんてカッコつけるなら、
なぜ休憩時間に単語を覚えようとしない?


今日は土曜日。
学校は休み。

なぜ自習に来ない?

ガラガラの自習室に、
のんびりブログを書いてる「かまた」がいるのに、

テスト前とか、夜とか、
授業中の時間とか、
わざわざ混んでるときにやってきて
「時間がたりない」
「先生がたりない」
「間に合わない」とわめく。

滑稽の極みだぞ。



1学期期末テストが終わりました。


「あ~、終わった!」
と思ってしまうとしたら、
そんなの受験生ではない。




終わってないよ。

テスト本番は、
242日後に迫っている。

5808時間後だ。


1日8時間、
睡眠と食事で使うとすれば、
残る時間は
3872時間だ。


もちろん、
そのすべてを使うことができるわけではないし、

別に、
3800時間、勉強しろ、と言ってるわけじゃない。

テレビも観た方がいいし、
友だちと話したり、犬の散歩に行ったり、
たまにゃあ出かけるのもアリだろう。

勉強しろ、勉強しろ、
と言いたいのではなく、

時間の有限性を実感せよ。


確実に242日後には
そのときがやってくる、

どうもそのことが
なかなか実感できないようだ。


合宿で生まれ変わっておくれ。

ねこkama


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「高飛車」がうまれて
5年が経つ。


富士急ハイランドが
5年ごとに
新作絶叫マシンを設置する
のは

そうやって決まってるわけではないけど、
そのスジの者にとっては
暗黙の了解というか、
周知のことというか。。。



「高飛車」が登場したとき、
僕は、オープン一ヶ月くらいのときに
先を争うように乗りにいったもんだ。

が、121度の落下角度ばかりが注目されてるけど、
実際のところ、
なんだかヘンテコなコースターという印象しかなく、
それを考えると、
「ええじゃないか」の偉大さが
一層身にしみてくる。


・・・絶叫部の部長なんです。



絶叫部の活動としては

日本一の絶叫パーク
ナガシマスパーランド

へ出かけること2回、

絶叫の聖地
富士急ハイランド


は、ホームベースのように
年に一回以上は行っていた。

ほかにも
プチ絶叫部として、TDRに行ったり。



さて、「高飛車」以来5年目の富士急。


やはり新作が登場します。


今月16日に
新たな絶叫マシンが
オープンします!!!






名前は




「テンテコマイ」



・・・富士急のネーミングは
「和」の方向で、だいぶ安定してきましたね。

まあ、
「グレートなんたらかんたらコースター」
とは言われるよりも
インパクトはあるので
外国人にもウケルでしょう。


「テンテコマイ」は、
回転型アトラクション。


ちょっと、よそさんの記事を引用させていただきますと ↓

~~~~~~~~~~~~~~~~
この「テンテコマイ」は、
地上約32メートルの高さで大空を旋回しながら、
翼を操縦しライドを横回転させ、
アクロバティックなスリル体験ができるアトラクションです。

高さ約39メートルのタワーに付随する
アームの先端に取り付けられたライドに乗り、
タワーに沿って、
最高到達点地上約32メートルまで上昇。

富士山を目の前に、
最大直径約18メートルの円を描いて旋回しながら、
ゆっくり空中散歩を楽しむ・・・

なんて、生易しいアトラクションではありません。

各ライドに取り付けられた巨大な翼を自分で動かすと、
ライドが右→左→右→左とゆらゆらと動き始め、
振れ幅が大きくなったと思いきや、
ライドが横回転を始めます。

風を味方につけてしまったライドは、
自分でも意図しないほどの回転を繰り返し、
もうどうしようもない状態、
まさに「テンテコマイ」な状態になります。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

つまりは、
「鉄骨番長」の座席が
ブランコ型ではなくて
くるくる回るようになってる、ってことかな?








・・・
のんびり

















はっきり言って・・・
























興味ナシ!!




これは、ガッカリだ。



「鉄骨番長」に乗ればわかることだが、
アソコは、けっこう、寒い。

なにが嬉しくて、
そんな寒い中で
くるくるくるくる回らなきゃならんのだ。

僕が求めているのは
「爽快感」であって、

確かに、高さ30メートルのところで
くるくるくるくる回されれば
そりゃ怖いかもしれないけど、
たぶん、爽快ではない、
気持ち悪くなるかもしれない。
怖いかもしれないけど、
不愉快な怖さかもしれない。

だから、これは

パス

(=わざわざ乗りにいかないってこと。)

すまんね、部員たちよ。


しかし、
これに食指が動かないっていうことで、
僕の好みがだいぶ明確になってきた。

たぶん、アレだな、
「絶叫部」っていうくくりだと広すぎて、
おそらくは
「ローラーコースター部」の方が
実態をよくとらえてるんだろうな。


・・・でも、結局のところ、
そのうち「義務感」というか「使命感」で
結局は、一度は乗ることになるんだろうな・・・
ってことを予感してたり。。。

なんの使命だ???

ねこkama


富士山が世界遺産に登録されたことによって、
もう、富士急には
景観を損なうような大型アトラクションは
作れないんだってさ。

つまり、大型コースターは
もう、あり得ない。。。

東の聖地は陥落・・・

西の雄に期待かな?


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あのね、

急に

「たなばた」の歌を歌ってごらん


って言われたら、



「たーなーばーたー、さーらさら~~~」

って、歌っちゃいません?

(正:ささのは さらさら)


「七夕
七夕が近づいておるわけです。

この行事は、
家庭でもっともやりにくい行事のひとつかもしれないね。

なにせ、笹を手に入れるところから難しい。
なんとか手に入れたとしても、
今度は、どこに飾るのか、ってハナシになる。
挙句の果てに、最後は燃やせって・・・
現代ではそんな勝手に焚火はできない。
川や海に流すっていうのが正しいらしいけど、
そんなことしたら、余計おこられる。

で、結果的に
駅とかデパートとかの笹に
願い事の短冊をかけるようになるわけだ。

写真は、今日の八王子駅。

相方が、ムスメと一緒に
「げんきにすごせますように」っていう
短冊をこしらえて、飾ってた。

みると、世の中には
いろんなお願いをする人がいるもんで・・・。


本来、ヒトの願い事は
見ても見ないフリをすべきだろし、
まして、こんなとこで公開するのは
大変な失礼で、非常識で、
バチがあたるかもしれない、
それを重々承知の上で・・・


「なんとかなりますように」


・・・ずるい。

なんか、ずるい。



ずるいけど、うまい。

これなら、いろいろ効きそうだ。

なんだか、
こっちが忘れてたことも
勝手に叶えてくれそうだ。

今後の参考にしよう。



「タブレット売りたい」


売ればいい。

アナタの自由だと思う。

なんかもう、
グチのようにも聞こえる。

少なくとも、お願いごとではないと思う。



「ふさわしい人を早く 母」


しらないけど、
たぶん、お母さんに原因がある。



最後に、安心できるのをひとつ ↓



見ず知らずの人のことばでも、

こういう言葉がたくさん集まっていると

安心するというか、勇気がでるというか、

それだけで、元気がでる。


言霊を大切に。
そして、どんどんプラスの言葉を発しましょう。

ねこkama


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唐突だが、

けっこう、生徒を叱る。


「当たり前だ」とお思いかもしれないけど、
おそらく、「叱る」のレベルというか、イメージというかが
違っていると思う。

動き的なことをいえば
怒鳴りつけるし、机にテキスト叩きつけるし、

「合宿」のときの僕を知ってる人は
要するに「アレ」なんだけど、
そうじゃない人は、
どういえばいいんだろう、
軍隊の鬼軍曹というか、体育会というか、

竹刀も持たないし、
もちろん、生徒をぶったりもしないけど、
「スパルタ」という言葉から
連想される姿に近いかもしれない。


叱ることに、
「迷い」はないけど、
「葛藤」はある。

なんなら、生徒が泣くほどに叱るわけで、
相手は、小学生や中学生だ、

こっぴどく叱った日の夜なんかは、
その子の表情を思い出し、
その子の気持ちを想像し、
心配でしょうがなく、マトモに寝れないし、
何日も、その子が夢に登場する。


ぶっちゃけ、叱りたいかどうかでいえば、
叱りたくはない。

叱ることで、こっちの精神は疲労困憊するし、
何日も、何日も、
あれでよかったのだろうか、と葛藤する。


が、叱らねばならないと思うし、
そこだけは見過ごすわけにはいかない、

もっとも手を抜いてはいけない部分だと

そう信じているし、実感しているから
だから「迷い」はない。


「叱る」と「怒る」は違う。


後進の先生にもエラそうに指導しているが、
我々がやっているのは「叱る」であって
「怒る」ではない。

叱られている側、
ハタで眺めている人からすれば
もしかしたら大した違いは感じないのかもしれないけど、
大違いである。


「叱る」は他者都合で
「怒る」は自己都合だからだ。

「怒る」は感情的行為で
「叱る」は理性的指導だからだ。


「怒る」は
この自分が腹が立ったから
感情をぶちまけることであり、

「叱る」は
自分の大切な人が
マズイ方向に進みそうだから
それを修正してあげる手段である。


ゆえに、「叱る」といっても
もちろん、相手によって「やり方」は変わる。

僕が、もっとも「恐ろしい姿」をさらすのは
たぶん、
中学2年生から3年生の秋までの生徒
が相手の場合だろう。

小学3年生を怒鳴ることはしないし、
冬の中3生や高校生に怒鳴っても仕方ない、
話し、示し、突き放し、見捨て、救う。


同時に、中学2・3年生を叱るときが
もっとも葛藤を感じ、精神疲労し、苦しい。

ハタでみてると
冷静さを完全に失って、
猛烈な勢いで怒っているようにみえるかもしれないが、
アタマの中は、極めて、いつも以上に冷静で
超高速グルグル回転を続けているわけで、
最初の時点で
グルグル回転の着地点が見つかっていない限り
叱ることはしない。

「叱り」の方法として
怒鳴るとか、罵倒するとか、大きな音を出す
という手段をとるのは
それがもっとも本人たちにとって
「わかりやすい」からである。

「これはダメなことなんだ。」
「そんなに重大なことなんだ。」

それを感覚で、瞬時に分かってもらうために
そういう手段に出る。

普段の僕を知る人なら
もちろん、そういうタイプの人間ではないわけだから、
意外に思うかもしれないけど、
だから、これは感情論ではなく技術であるわけなので。


叱ることで、子どもたちはイヤな思いをする。


「叱られたことをありがたく思え」

と言う場合があるが、
そんな風に思えるはずがない、

ありがたかったと思えるのは
それが自分の身になったと実感できるとき、
少なくとも数ヶ月後だと思う。

理性的な子は
「先生は自分のことを思って言ってくれたんだから・・・」
と、
理性的に自分を納得させようとするけど、
それにしたって、
イヤな思いをすることには違いないし、

そもそも、イヤな想い、
苦痛を与えることが
「叱る」ということだ。



あえて書くけど、

「叱るなら、
 子どもが精神的ダメージを受けないように
 話してわからせるべき」

という論には
自己矛盾がある。

ダメージを感じてこそ、「叱り」である。

ダメージを感じるからこそ、
行動を改善しよう、
自己を見つめ直そう、

潜在意識の域まで踏み込もう、

パラダイムをシフトしよう

となるのであって、

カンタンに言えば
「心に響く」ということである。




それがわかってるからこそ、
なおさら、こっちはつらい。



なんなら、そういうことを一切せず、
子どもたちが
ただひたすら居心地のよい場があれば
運営する側もラクではないか、
と思うことがある。

わざわざ子どもたちにイヤな想いをさせ、
ということは
跳ね返って、自分自身は
生徒たちに疎ましがられ、恐れられ、嫌われ、
悩み、苦しむ、

そんなことをしない方が
波風立たず、「平和」だし

「あそこの室長、怖いよね~~」とか
余計な評判をたてずにも済むのではない。


・・・なんて、
教室長としては葛藤することもあるけど、

ひとりの指導者としては
迷いなく、叱ることを続けている。



それは、
自分の愛する者たちが
幸せになるためだ。


このままでは、この子はダメだ。

そう、真剣に心の底から思うがゆえに、
こっちも相手も「痛み」を伴う場面を
自ら作り出す。

「そういう」学年に、
「そういう」手段に出るのも
「叱られたことのない世代」に
それを覚えてもらうためでもある。


成績が悪いとか、
勉強ができないとか、
問題が解けない、覚えられない、

そういったことで
叱ることは、あり得ない。

つまり、勉強の内容について
叱るということはない。




僕が叱るのは

そいつが

自分の価値を下げる行為
とったときだけ
だ。


これまた、あえて書くけど、

成績が悪くても、
テストの点が悪くても、
単語をなかなか覚えられなくても、

その人の価値と関係ない。

僕は、
「アタシ、かけ算の九九ができないんだ♪」
と、おくびもなく告白した
中学3年生の子に
「よく言った!今までつらかっただろう?
 よく誤魔化さずに言ったね!
 だいじょうぶ!逃げなかったから大丈夫!」
とベタ褒めしたことがある。



では、価値を下げる行為とは何か。

最近、一番ひどかったのは
「道にゴミを捨てる」だ。


けっこう、ウチの子たちは
やんちゃをする。

教室から出て帰るときに
エレベーターの中でびょんびょん跳ねて
大騒ぎをする。

先生に隠れて、
こっそりスマホでゲームをしている。


ゲームをすることがダメなのではなく、
「こっそり」がダメだ。


「勉強する」とクチにしておいて
そう宣言した自分を裏切っている。


つまり、僕が叱るのは

ウソをつく、

自分をごまかす、

人に迷惑をかける、



そういうたぐいのことだけだけど、


その先にあるのは

ソイツが自分の価値を
下げてしまうこと。



だって、
朝10時からテスト勉強にやってきて、
夜まで頑張って、
そこまでだったら
「スゴイ奴」なのに、
なんで最後の最後でハメをはずして
「ダメな奴」に、自分を貶めてしまうのか。
自分の価値を台無しにしてしまっている。

ホントはできるのに、
他のみんなと何もかわらないのに
っていうか、なんなら
ほかの人よりも繊細で慎重なだけなのに、
なんで
「もう自分にはムリ」とか決めてしまうのか、
なんで自分で
自分を「バカ扱い」してしまうのか、
どうして、自分で
自分の価値を低く評価してしまうのか。

「いい点数をとりたい」って宣言し、
本心ではそう思ってるはずなのに、
どうして、寄り道して、ムダな時間を過ごしてしまうのか、
そんなことしたら
「自分は「やる」って言ったけど
 結局、先生の目を盗んで
 こそこそしてる卑怯なヤツだ」
って、自分を貶めてるだけじゃないか。


ほかの誰でもない。

自分自身が
その行為で、
自分の価値を下げている。


そういうとき、
烈火のごとく叱る。



お前のやっていることは
お前自身に対して失礼だ、と。


自分自身に申し訳ないと思え、と。




そもそも、愛夢舎は
そういうところにうるさい、厳しい。

たとえば
「あいさつをしっかりせよ。」

なぜなら、「元気なあいさつ」というカンタンなことで、
ソイツの価値が大きく変わる、

「あの人、あいさつしなくて、感じ悪いよね。
 ・・・えっ?勉強はできるの?
 でもねぇ・・・」
って、なったら、

そんなことで自分の価値を下げてほしくないから。

もっとも、「あいさつ」は嬉しいものだし、
楽しいものだから、
ちゃんとしなかったところで、
怒鳴りつけたりはしない。(合宿以外は)

あいさつができるとか、
整理整頓ができる、ノートの字がきれい、
忘れ物をしない、質問ができる、

そういうことは
基本、ほめる材料にしている。



さて、このところ、
立て続けに「叱る」ことが続いた。

聞いたわけじゃないけど、
入間市教室の子たちの中でも
「鎌田は『怒る』とヤバい」
とか、そんなウワサがたってるかもしれない。

もちろん、精神的疲労がピークに達してる。
もう、アタマの中はぐるぐるぐるぐる、
夜、寝れば必ずその子たちの夢を見て、

アイツは大丈夫だろうか、
少しは分かってくれただろうか、
イヤになっちゃったりしないだろうか、
と常にぐるぐるぐるぐる考える、
疲労困憊である。(精神的に)


繰り返すけど、
怒ってるのではなくて叱ってる。

感情ではない。

むしろ、自分の感情に逆らって、
ねじまげて
、やってる。


先日の専任会議で
ちょっと弱音を吐いたら、

それでこそ愛夢舎だろう?
子どもたちがマズイことしてるのに
それを叱らないとなれば
そのへんのダメな塾と一緒になっちゃうだろう?
と励まされた。
ありがたかった。


ホントねぇ、

疲れるとか苦しいとか言うなら
やんなきゃいいのに、
叱らなきゃいいのに、
見逃しとけばいいのに、

って思ったりもするんだけどね、


そのたびに

「いや、そんなわけにはいかない」

って、迷うことなく即断してしまう。

で、疲れる。


それというのは
自分で言うのもなんだけど、

彼らに対しての
最大限の愛情なんだと思ってる。


コイツは、ここで叱らなきゃマズイ!
このままじゃ幸せになれない!!


そういう「危機感」・・・

イヤな言い方だけど
人さまのお子さんなんだけど
ホントに「危機感」を覚えて


・・・しょうがない、「やる」か・・・

と心の準備をする。


「こんな自分に、
 ほかの人を叱るような資格があるだろうか」

とか、そんなことを心配するレベルでは
たぶん、叱れないと思う。

資格ってなんだ?

聖人なら叱ってよい、
俗人はダメだとでもいうのか?


「資格」があるとするならば、
それはただひとつ。

相手のことを真剣に考えているかどうか。


「それはちがう」とか言うな。

少なくとも、僕は
心の底からソイツの人生を心配してる、
親の次くらいには
真剣にソイツのことを考えてる、
そういう自信と覚悟がある。

ねこkama


というわけで、
今後も「叱り」ます。



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追記:
先日、どえらい叱り方をした子。
家に帰した後も、気になって気になって、
文字通り、メシも喉を通らず、
夢見も悪く、翌日になっても
ショックを受けすぎてやいないだろうか、とか
ずーっと心配してたんだけど、
夜、自習にやってきた彼が
「先生、ゆうべは本当にすいませんでした」
と真剣な顔で、僕の目をみて、ビシッと言ってきた。

いい生徒に恵まれてると、実感する。

子どもたちは、こういう風に
しっかりと受け止めてくれる、
子どもたちを信じているから、叱ることができる。