死にたい…と思ったことはあっても、
自らの力じゃどうにもならないことで「死んじゃうかも…」って思ったことはなかった



自ら絶つことは いつでもできる

誤解があっては困るんだけど、それは自身の意志あってのことだからね?

だけど、それを望まない時に…命を絶たれるかもしれないって恐怖は、想像以上に深く刻まれた



ホント「死んじゃうのかもしれない」…って思ったんだ

あの日…自宅のテーブルの下で、たくさんのものが目の前で壊れてく様を見ながら母を抱きしめ…「お母さんと一緒にいて良かった」って…思ってた

偶然にも母を1人にしてなかったことに安堵してた

私は母から産まれ育てられてきた…
親不孝もたくさんしてきた…
「死にたい」って騒いだりしたことも、泣きながら「助けて」って電話したこともある

唯一…頭の上がらない人だ





「死んじゃうかもしれない」って思った恐怖に比べたら
先のことなんて然程のことじゃない

どんなことあっても、どんなに苦しくても、私は自ら絶つことだけはしない

たいした被害を受けたわけじゃない
生きていけるだけの環境は守られてる

どうして生きてるのか?とか
どうして産まれてきたのか?とか
…ホントちっぽけなこと

「生きてること」と「産まれてきたこと」
そして「生き残ったこと」は、
自分自身の選択肢にはなくて、ただ与えられたこと

それ以上の理由はないん



…お願い。

すごくすごく…ツラいだろうけど自ら絶たないでください

時間はかかるけど
必ず助けるから

私ができることは小さなことだし
あなた達のホントに必要なことになってないかもしれないけど

私…諦めないから

生きてください

生きて…何年かかっても、「今」を いつか笑い飛ばしましょ?






折り紙で作った自動車を、片手でくしゃっと握り潰したような…
(‥って、実際に自動車を折り紙で折れるか知らないけど)
…そんな感じで壊れ、放置されたままの数台の消防車がいまだに残ってる
もちろん他にも自家用車もまだたくさんある

赤い車体が、鉄のただの残骸になって無惨にも転がってる

たぶん、津波警報を知らせる為に町内を走り回ったんだろう



海が…波が…凶器になって たくさんのものをのみ込んで…奪ってった

車が入って行けるくらいには片付けられてきたけど、
目の当たりにする津波の爪痕は…いまだに色濃く残されてる

震災から100日以上経過したけど、震災が昨日のことのような光景…

瓦礫の山が高くなっていくってことは、片付けが進んでいってるんだと思うんだけど…



恐らく そこの住人だったんだろう…って方々が、基礎だけ残されてる場所を眺めてた

津波にのまれた家の片付けをしてる人達もいた

その傍らでは、どこから来たのかわからない人が海とかの写真を撮ったりしてたり、
少し離れたとこではサーファーが海に入ってたりしてる



止まってしまった時間と、
進んでいってる時間とが…
紙一重んとこで入り交じってる感じの光景

…ホントもう涙も出ないの

ただ思うのは「いつになったら 元に戻るんだろう」ってこと

実際、途方に暮れる。。。

元に…戻るんだろうか。。。



何度も何度も 深いため息が出た

綺麗で静かで…
ホント大好きな海岸線だったのに
…なくなっちゃったよ

‥‥‥ため息。。。


このまま ダメにならないよね?


いや…ダメかもなぁ


迷って 躊躇って…そんなんでうまくいくわけない





震災で ココロまで壊れた

ただでさえ難しい遠距離…今まで以上に、会えない距離と会えなかった時間

…胸が苦しいや