死にたい…と思ったことはあっても、
自らの力じゃどうにもならないことで「死んじゃうかも…」って思ったことはなかった
自ら絶つことは いつでもできる
誤解があっては困るんだけど、それは自身の意志あってのことだからね?
だけど、それを望まない時に…命を絶たれるかもしれないって恐怖は、想像以上に深く刻まれた
ホント「死んじゃうのかもしれない」…って思ったんだ
あの日…自宅のテーブルの下で、たくさんのものが目の前で壊れてく様を見ながら母を抱きしめ…「お母さんと一緒にいて良かった」って…思ってた
偶然にも母を1人にしてなかったことに安堵してた
私は母から産まれ育てられてきた…
親不孝もたくさんしてきた…
「死にたい」って騒いだりしたことも、泣きながら「助けて」って電話したこともある
唯一…頭の上がらない人だ
「死んじゃうかもしれない」って思った恐怖に比べたら
先のことなんて然程のことじゃない
どんなことあっても、どんなに苦しくても、私は自ら絶つことだけはしない
たいした被害を受けたわけじゃない
生きていけるだけの環境は守られてる
どうして生きてるのか?とか
どうして産まれてきたのか?とか
…ホントちっぽけなこと
「生きてること」と「産まれてきたこと」
そして「生き残ったこと」は、
自分自身の選択肢にはなくて、ただ与えられたこと
それ以上の理由はないん
…お願い。
すごくすごく…ツラいだろうけど自ら絶たないでください
時間はかかるけど
必ず助けるから
私ができることは小さなことだし
あなた達のホントに必要なことになってないかもしれないけど
私…諦めないから
生きてください
生きて…何年かかっても、「今」を いつか笑い飛ばしましょ?