象の夢を見たことはない -85ページ目

It's All In The Mind

ある保険会社のリクルーターの人に聞いた話なのだが、
面接で何百人の見知らぬ人を面接してリクルートするよりも、
自分が「この人は…」て思う人が紹介する人を雇った方が効率が遥かにいいと。

そういう付き合いをしている人は自分の信用もかかってくるから、推薦するにも慎重になるし、あとあと面倒なことが起こっても、それなりの対処をしてくれる。

なるほどねえと。
そういう信用を価値に変える方法を知っているというか、
そういうのが本来の意味でのノウハウだと思うのだけど。

まあノウハウ談義などどーでもいい。

根本に立ち返って、自分が「この人は…」って思う人物ってどういう人なのだろうと。
リクルートなんて仕事に関わってくるからちょっとオイラには手に余る。
例えば、モノの観方っていう点で、自分が学べる人ってレベルまでハードルを下げてみよう。

周りを見渡すと、この分野では自分にとってはこの人がある種の灯台だと。
すべてにおいてそうではないけれど、やはり「すごい」と。
自分が思っている人って結構いる。

それって、予め、自分の中に物差しが存在するってことで。
これは、禅の「初心」という考え方と同じなのか?と。
It's All In The Mind.(それは君の思い過ごしだよ)
いやそうではない。
既に我々は我々の中に全てを持っている。

自分が経験していないことに対しても「物差し」をすでに持っているということは
そこまで、自分がノビシロがあるっていうことだよね的な。

なんか、この考え方がすごく不可思議で。
例えば、インドのアートマンとブラフマンというか、
真我と無我を一体化させるというアレでも
何故それが無我であると判断できるの?っていう基準。

禅思想っておじいちゃんの思想なので
そういうインド思想でも古いほうに属する部分に共鳴しているのかなと
個人的には思っているのだけど。

まあそれはいい。
けれど、直観的に「それって合っている。正しい。」
っていう皮膚感覚もあって。

なので、結構そういう自分が「この人は…」って思う人の勧めるものは
目を必ず通すようにしている。
そういうのもある種の信仰なのだろう。
そういう意味で私は結構信心深いのだ。
ただ、宗教と呼ばれる頭で捻ったり、こねくり回したものは悉く唾棄するが苦笑
直観から離れてしまったモノに生きる意味などない。

芸術に対しても同じ。
努力よりもそれを突き抜けてくる真理っていうのが
確かに存在する。そしてそれに痺れる。
そう感じる。

その感覚が正しいか正しくないかなんて結局自分自身にとっての話。
間違っていると後でわかったらその時々で直せばいいのだ。

でも、ほどんどいままで間違えたことない。
というか間違いにしない。
単にエゴイストだから苦笑 認めん!!
コけてもどっかで元はとるのだ。
そういうのに人は賭けるんだと思う。

太宰

ぽっちりさん高木フトシ氏が同じ記事を取り上げてて。

個人的な偶然に必然を感じる瞬間。

。。うそ。

でも、なにかあるのかな笑

テーマ:数学

「走れメロス」は走っていなかった!? 中学生が「メロスの全力を検証」した結果が見事に徒歩

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140206-00000042-it_nlab-sci

『走れよメロス』

太宰、頼むわ笑

走る気あらへん。

そんな太宰のいい加減な怠慢さにどこかで皆が気づいていることが笑える。

そりゃ心中しそこなうわと。

CONVULSiON

パラノイドボイドのメグリちゃんが

VARONでめっちゃかっこよかったと言ってたので。



確かに。。

現在、664回再生。

ライブ会場で出会う音楽っていうのがある。

一番幸運な芸術との出会いは『不意打ち』です。
そう茂木健一郎氏はベーコン展で語ってたのだけど、それは音楽についても。
でも、ほんとはそれは芸術だけではなく。

こないだ、プラントハンターの西畠清順氏が『課外授業 ようこそ先輩』に出てて。
彼の人生を変えたのがマレーシアのコタキナバルでの巨大な食虫植物との出会い。
それは、ネズミを食べてしまうほどに巨大なウツボカズラで。

「うわっ、きもちわりー」と最初は思ったのだけど、
そのキモさが見てるうちにだんだん気持ち良くなってきて。

たぶんベーコンも同じだし、ゴッホの絵もそういう部分がある。
拒否。そして惹き込まれる。
そして、自分のモノの観方が変わっていく。
そういう一連の過程。

その出会いが結局、彼の人生を変えてしまったと。
この出会いを皆に分け与えたい。
その経験が自分が今やっていることの根っこにある。
西畠氏はそう語っていた。

人生において大事なことは不意打ち。
そして、それが起こるのは常に現場であって。

ライブというのは、「生きる」っていうことで、
それは自分が生きることを確認する現場だと。
生きる意味を見出す。そういうことも稀に起こる。

自分にとって大事なことは、けっして人と同じわけではなく。
再生回数だとかリピート率だとかの数字の中にはない。
そんな中には見つからない。

現場主義というのは、自分にとってはそういうことだったりする。

33Insanity'sVertebra

なんなんこれ?



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しかし、掴めんコやわ。。

妹も美人らしい。うっぷせっとの光担当のひろみっくす談。

ボーイッシュ。声もそう。

チョコビ。

ちなみに、クレヨンしんちゃんのマネが激上手い!

ライブで言ったらやってくれるらしい笑

激推しアップ アップ アップ

プロフェッショナル 仕事の流儀

伝説のヘッドフォンコンサート。

そうか、大瀧師匠ってこんな前衛的なこともやってたのか。
観客からすれば、ライブ会場の中音と外音の違いに壁を感じてて。

というか、実際音がいろいろ被っちゃうんだよね。マイク通して。
で、音がぐちゃとなってたり。
もうちょっとなんとかなんねえの?っていうライブハウスもある。
正直ドラムだけはブースで囲ってくれとか笑
トラック分けてくれ~的な。

演奏者のそれをダイレクトに聴きたいという観客の欲求。

だいたい、演奏中の中音を伝えたいという欲求を演者が持って、
まあ、持つところまでは行くバンドはあるにしろ
実際にそれをやってしまう。

プロだわさ。
実際にやるのがプロフェッショナルの仕事の流儀。
実際にやることでしか、その先にはいかないしね。
トライアルって大事だなあと。
その心意気というか。それが男としてかっこいい。



あらためて、大瀧師匠の偉大さを知る。
レーベル立ち上げたり、こういうことやってたときって
まだ30代半ばのときで。
いや違う。このときまだ33才だったの?若っ!

しかも当時のあの状況でインディペンダントで
それをやっているわけで。

年上のおじさん(←失礼)だと思ってたけど、
とっくに年は追い越してしまってて苦笑
こちとらいまだにそんなレベルどころか
なーんもできてない。
はっずい。人として恥ずいわ。

もうそのあたりの在り様からして意識も実際やってることも
違う人たちが先人にはいるという。

大瀧詠一の「ようこそ先輩」とか見たかったなあ。

元春Radioshow 大瀧詠一① 2/3