嬉しいこと
「踊るさんま御殿」。
気がついたらジムのテレビで途中からバイク漕ぎながら観てたり。
友情ぶっ壊しSPとかで、親友同士が相手をあからさまに。
かなり笑えた。
最近、アリとキリギリスの童話を思い出すことが多くて、
「イソップ物語といえば定番はソレじゃね?」と自分の中では。
アリが働いて、冬にキリギリスがやって来るっていうのが、幼い自分たちに対する教条主義的なニュアンスだったりしたのだけれど。アリとアブラムシっていうんじゃ童話にならなかっただろう。そんなことを考えたり。
だから「それって、違うんじゃね?」っていう両方の視点で見れるようになってきて。
大人になるっていうのはそういうことなんだよと。
そう実感してる年齢が下がっているっぽいのが、なんだか嬉しい。
まあ、なんて純情だったんだと。それを汚すのはいつも教条という親のエゴだね。
子供は親ほどバカではない。
ボロクソ言われながらお互い楽しそうだったんだよね、彼ら。
実際どうかわかんないけど
んなことより、あしたFOUR GET ME A NOTSのライブ行けるのだろうか?
年齢的にはカンペキ無理!!!
まずモギリのとこで、おっさんのハードル高っ!!!笑うしかない!!!
なにげに女子レスポールってのがね、じじぃの自分には反逆。でもトラディショナルで
しかも弾き方
気がついたらジムのテレビで途中からバイク漕ぎながら観てたり。
友情ぶっ壊しSPとかで、親友同士が相手をあからさまに。
かなり笑えた。
最近、アリとキリギリスの童話を思い出すことが多くて、
「イソップ物語といえば定番はソレじゃね?」と自分の中では。
アリが働いて、冬にキリギリスがやって来るっていうのが、幼い自分たちに対する教条主義的なニュアンスだったりしたのだけれど。アリとアブラムシっていうんじゃ童話にならなかっただろう。そんなことを考えたり。
だから「それって、違うんじゃね?」っていう両方の視点で見れるようになってきて。
大人になるっていうのはそういうことなんだよと。
そう実感してる年齢が下がっているっぽいのが、なんだか嬉しい。
まあ、なんて純情だったんだと。それを汚すのはいつも教条という親のエゴだね。
子供は親ほどバカではない。
ボロクソ言われながらお互い楽しそうだったんだよね、彼ら。
実際どうかわかんないけど

んなことより、あしたFOUR GET ME A NOTSのライブ行けるのだろうか?
年齢的にはカンペキ無理!!!
まずモギリのとこで、おっさんのハードル高っ!!!笑うしかない!!!
なにげに女子レスポールってのがね、じじぃの自分には反逆。でもトラディショナルで
しかも弾き方
昨日の教授 きょうびの小学生
NHKのスコラ。
はじめて見た。こんなのやってたんだ。
坂本龍一が、リズムワークショップで小学生といろいろなリズムを探していく。
弱 弱 弱 強 弱 弱 弱 強 弱 弱 弱
と打った場合にどこに線を無意識に引くか?
なんてやっていて。
「自然界の音は頭のほうに強い音があるので、そこから始まるように感じてしまう」
と、ある小学生が。
なん、この小学生?さいきんのコはすごいね。
こういうのをやる教授もすごい。
フランス語の今使ってる教科書。

外国語学習のための「ヨーロッパ共通参照枠」っていうのがあって、これが画期的。
コミュニケーションを中心にしているので、「話せない、使えない英語を習ってきたオレたちってばなんだったんだろう?」と。この教科書を使ってフランス語を習っていてそう思う。一年で簡単な日常会話くらいは話せるようになるし、ヒアリング能力もかなり。
とりあえず15年前に買った白水社の『フランス語のABC』。

役に立たずに終わってしまった。当時の評価は今では通用しない。
フランス文部省認定のDELFも口頭表現テストはA1レベルから。
TOEICもTOEIC SWテストってあるのだが、まだ浸透してない感じ。
トライしようとしたけど難しいんだよね、コレ。
今の小学校の英語教育ってどうなんだろ?
自分もそうだけど、プリンシプルがないので枠組みを作るのがヘタ。
西洋人にはそういう点でやっぱりかなわないみたいだ。
スポーツ婚活ってなん?そんなことしてる場合じゃねえだろう、文科省。
とはいえ、この小学生みたいにゲシュタルトを理解してたり。うーむ。
よくわからん。
<今日感動した言葉>
他人の背中を押すことは上手でも、自分を勇気づけることは下手である。
BY YANA
あー、同じなんだなあ。
はじめて見た。こんなのやってたんだ。
坂本龍一が、リズムワークショップで小学生といろいろなリズムを探していく。
弱 弱 弱 強 弱 弱 弱 強 弱 弱 弱
と打った場合にどこに線を無意識に引くか?
なんてやっていて。
「自然界の音は頭のほうに強い音があるので、そこから始まるように感じてしまう」
と、ある小学生が。
なん、この小学生?さいきんのコはすごいね。
こういうのをやる教授もすごい。
フランス語の今使ってる教科書。

外国語学習のための「ヨーロッパ共通参照枠」っていうのがあって、これが画期的。
コミュニケーションを中心にしているので、「話せない、使えない英語を習ってきたオレたちってばなんだったんだろう?」と。この教科書を使ってフランス語を習っていてそう思う。一年で簡単な日常会話くらいは話せるようになるし、ヒアリング能力もかなり。
とりあえず15年前に買った白水社の『フランス語のABC』。

役に立たずに終わってしまった。当時の評価は今では通用しない。
フランス文部省認定のDELFも口頭表現テストはA1レベルから。
TOEICもTOEIC SWテストってあるのだが、まだ浸透してない感じ。
トライしようとしたけど難しいんだよね、コレ。
今の小学校の英語教育ってどうなんだろ?
自分もそうだけど、プリンシプルがないので枠組みを作るのがヘタ。
西洋人にはそういう点でやっぱりかなわないみたいだ。
スポーツ婚活ってなん?そんなことしてる場合じゃねえだろう、文科省。
とはいえ、この小学生みたいにゲシュタルトを理解してたり。うーむ。
よくわからん。
<今日感動した言葉>
他人の背中を押すことは上手でも、自分を勇気づけることは下手である。
BY YANA
あー、同じなんだなあ。
今日の日記
CD/DVDコンポがぶっ壊れたっぽく。

叩けば動いていたのだが…昭和か。
「修理に出す」という燃えろエコ魂
はシケッテいる。
なんせ無駄に重い
とりあえずCD/DVDプレーヤーを買ってしまったSONY製¥6000。
昭和のCDプレーヤーと比べてもひと桁安い。
バブルがはじけて良かったのか悪かったのか。
ビッグカメラの店員さんは、普通に中国語を話していた。
女の人だったので日本人と結婚した人かもしれない。
お客さんの変化は予想を超えている。店員さんも。
ちょっと前に韓国語習ってた人達って今
語学を習うという考え方はもう時代遅れなのか。
事業のフレームワーク自体が入れ替わっている。
語学は趣味で習ってるのがちょうどいいのかも。
とはいえフランス語の需要はこれから先もないだろうなあ。
てか話せんけど
今日もフランス語講座。結構楽しい。
ただ女の人が多いので、授業中もいろんな導線があってめんどくさい
かなり踏みまくったり、ぶっちぎったりしているが
昼前にグーグー腹を鳴らしながら頑張っている。
蒟蒻ゼリーは効かない。

叩けば動いていたのだが…昭和か。
「修理に出す」という燃えろエコ魂
はシケッテいる。
なんせ無駄に重い

とりあえずCD/DVDプレーヤーを買ってしまったSONY製¥6000。
昭和のCDプレーヤーと比べてもひと桁安い。
バブルがはじけて良かったのか悪かったのか。
ビッグカメラの店員さんは、普通に中国語を話していた。
女の人だったので日本人と結婚した人かもしれない。
お客さんの変化は予想を超えている。店員さんも。
ちょっと前に韓国語習ってた人達って今

語学を習うという考え方はもう時代遅れなのか。
事業のフレームワーク自体が入れ替わっている。
語学は趣味で習ってるのがちょうどいいのかも。
とはいえフランス語の需要はこれから先もないだろうなあ。
てか話せんけど

今日もフランス語講座。結構楽しい。
ただ女の人が多いので、授業中もいろんな導線があってめんどくさい

かなり踏みまくったり、ぶっちぎったりしているが

昼前にグーグー腹を鳴らしながら頑張っている。
蒟蒻ゼリーは効かない。
あの恐怖感をもう一度?
子供の頃、海へ行って得たいの知れないモノを握ってしまう。
ぐにょーとしてて不定形で…
っていう感じって最近ないなあと。
だいたい出会うのは海である。
潮干狩りだったり、遠足だったり。
つーのを『へんないきもの プロモーション映像』見て思い出した。
クリオネもかなりこわかった。ランランララ♪ランランラン♪
虫は平気なのだが、どうも海系のは苦手なものが多い。なぜだろう。
あとクマムシなるものを始めて知った。すげえなコイツ。
いやしかし、これもちょっとコワイ…
小学校のころ、学校で潮干狩りに行って、最初は砂浜に置いた自分のリュックサックを目印に見てたりするのだが、貝を探して知らないうちに遠くまでいってしまって気づいたら回りにいるのは知らない学校のコたちばかりで、驚いて心臓がバクバクなんていうのも最近ない。
そーいう恐怖感。
プレゼンで嫌な汗をかくとかそういう消耗戦な恐怖ばかりなんだよね、大人になると。
最近生命力が弱っているのかもしれない。
ホラー映画が不況のときに流行るのも同じ理由で、身体の底からゾッとするっていうのは健康によいのだ。冬に裸で乾布摩擦とかと同じで…なんてことを思う。ちょっと違うか。自分の携帯の着信音を知らないうちに木村カエラのアレに…ていうのが今自分のゾッとする話。。それも違うな。。大分違う。
ぐにょーとしてて不定形で…
っていう感じって最近ないなあと。
だいたい出会うのは海である。
潮干狩りだったり、遠足だったり。
つーのを『へんないきもの プロモーション映像』見て思い出した。
クリオネもかなりこわかった。ランランララ♪ランランラン♪虫は平気なのだが、どうも海系のは苦手なものが多い。なぜだろう。
あとクマムシなるものを始めて知った。すげえなコイツ。
いやしかし、これもちょっとコワイ…
小学校のころ、学校で潮干狩りに行って、最初は砂浜に置いた自分のリュックサックを目印に見てたりするのだが、貝を探して知らないうちに遠くまでいってしまって気づいたら回りにいるのは知らない学校のコたちばかりで、驚いて心臓がバクバクなんていうのも最近ない。
そーいう恐怖感。
プレゼンで嫌な汗をかくとかそういう消耗戦な恐怖ばかりなんだよね、大人になると。
最近生命力が弱っているのかもしれない。
ホラー映画が不況のときに流行るのも同じ理由で、身体の底からゾッとするっていうのは健康によいのだ。冬に裸で乾布摩擦とかと同じで…なんてことを思う。ちょっと違うか。自分の携帯の着信音を知らないうちに木村カエラのアレに…ていうのが今自分のゾッとする話。。それも違うな。。大分違う。
『金沢・酒宴』 吉田健一
知らないうちに、禁断の線を越えてしまう。
そしてとんでもない目に遭う。
というのを映画で意識させられたのは『アイズ・ワイド・シャット』が始めてだったかも。
もちろん、知らないうちに禁断の線を越えてしまうっていうのは、オカルト映画だと定石の一つだったりするのだけど、それを現実感のある仕上がりにするためにいかに映像を突き詰めるかというのが、やはりキューブリックのキューブリックらしさだと思ったり。
西洋人に自殺が少なく、日本人に多いのは死後の世界観に対する決定的な差だと。イザナギ・イザナミは黄泉の世界へ行くときになんの通過儀礼もなく。なんて言われるのだが、帰りには追いかけられるわけで…。あちらの国に対する恐怖の質は、それほど変わらないのかも知れない。
吉田健一の『金沢・酒宴』
金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)/吉田 健一

¥987
Amazon.co.jp
松岡正剛氏の千夜千冊-遊蕩編によると(てかこの人一体何者?とたまに思う)、吉田健一氏、「暁星中学を出てケンブリッジ大学に入ってシェイクスピアの『十二夜』を暗誦したとか、帰ってきたら小林秀雄や河上徹太郎や青山二郎と交じっていたとか、…」なんていう逸話があるらしく。しかし、吉田茂の長男とは…。
青山二郎、小林秀雄とはまあよく言ったもので、この本を読むと「ああ、なるほど」と思うがまったくモノの見方というか、正剛氏のいうダンディズムがこの二人とは違う次元にあるように思う。前者が人の世のダンディズムであれば、吉田健一氏のそれは幽境にあったりするのかなあと。
要は、『金沢・酒宴』、あの世とこの世を行ったり来たりする。
あの世への行く時の通過儀礼なんてなければ、この世に戻るときになにかに追いかけられることもなく…禁断などまったく見当たらなかったり。まあ、あることはあるのだけれど。
『アイズ・ワイド・シャット』の日本版とすれば、自殺うんぬんの理由の話はイザナギ・イザナミの話よりわかりやすいのかもしれないと思ったりもする。
なんで映画を持ちだすかというと、この本まったく読みにくいことこの上ない文なのだけれど、読むとまず映像が見える。心理描写でも読んでる人にはまず映像が見えてくるというおかしな文章。
倉橋由美子氏が薦めるのも納得な。てか読むための敷居に倉橋由美子的な高さがあり。
彼女が言うには「明治以後の日本の文人で、この人のものさえ読めばあとはなかったことにしてもよいと思える人の筆頭は吉田健一です」ということで、『偏愛文学館』でも2つの作品を紹介している。
とはいえ、夏目漱石の『夢十夜』にはじまり、吉田健一の『金沢』で終わるのがこの文学館だったりで、あとは推して知るべしなのだけど。倉橋さん、心理描写と情景がシームレスに一続きになって展開していく文章がお好きなのかなあと。それはともかく。
正直、倉橋さんみたいな読解力がない自分は、一度読んでもわからないので、もう一回読まねばと思うのだけど、絶海の孤島に一人取り残されたときくらいにしか読む機会はないのかも知れない。
しかし、本を読む時間の流れ方って倉橋由美子氏が存命だった(1935年10月10日 - 2005年6月10日)ほんの少し前ともずいぶん変わってしまったんだなあとしみじみ思ってしまった。最近、ちゃんと本と向き合ってないわ。
そしてとんでもない目に遭う。
というのを映画で意識させられたのは『アイズ・ワイド・シャット』が始めてだったかも。
もちろん、知らないうちに禁断の線を越えてしまうっていうのは、オカルト映画だと定石の一つだったりするのだけど、それを現実感のある仕上がりにするためにいかに映像を突き詰めるかというのが、やはりキューブリックのキューブリックらしさだと思ったり。
西洋人に自殺が少なく、日本人に多いのは死後の世界観に対する決定的な差だと。イザナギ・イザナミは黄泉の世界へ行くときになんの通過儀礼もなく。なんて言われるのだが、帰りには追いかけられるわけで…。あちらの国に対する恐怖の質は、それほど変わらないのかも知れない。
吉田健一の『金沢・酒宴』
金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)/吉田 健一

¥987
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松岡正剛氏の千夜千冊-遊蕩編によると(てかこの人一体何者?とたまに思う)、吉田健一氏、「暁星中学を出てケンブリッジ大学に入ってシェイクスピアの『十二夜』を暗誦したとか、帰ってきたら小林秀雄や河上徹太郎や青山二郎と交じっていたとか、…」なんていう逸話があるらしく。しかし、吉田茂の長男とは…。
青山二郎、小林秀雄とはまあよく言ったもので、この本を読むと「ああ、なるほど」と思うがまったくモノの見方というか、正剛氏のいうダンディズムがこの二人とは違う次元にあるように思う。前者が人の世のダンディズムであれば、吉田健一氏のそれは幽境にあったりするのかなあと。
要は、『金沢・酒宴』、あの世とこの世を行ったり来たりする。
あの世への行く時の通過儀礼なんてなければ、この世に戻るときになにかに追いかけられることもなく…禁断などまったく見当たらなかったり。まあ、あることはあるのだけれど。
『アイズ・ワイド・シャット』の日本版とすれば、自殺うんぬんの理由の話はイザナギ・イザナミの話よりわかりやすいのかもしれないと思ったりもする。
なんで映画を持ちだすかというと、この本まったく読みにくいことこの上ない文なのだけれど、読むとまず映像が見える。心理描写でも読んでる人にはまず映像が見えてくるというおかしな文章。
倉橋由美子氏が薦めるのも納得な。てか読むための敷居に倉橋由美子的な高さがあり。
彼女が言うには「明治以後の日本の文人で、この人のものさえ読めばあとはなかったことにしてもよいと思える人の筆頭は吉田健一です」ということで、『偏愛文学館』でも2つの作品を紹介している。
とはいえ、夏目漱石の『夢十夜』にはじまり、吉田健一の『金沢』で終わるのがこの文学館だったりで、あとは推して知るべしなのだけど。倉橋さん、心理描写と情景がシームレスに一続きになって展開していく文章がお好きなのかなあと。それはともかく。
正直、倉橋さんみたいな読解力がない自分は、一度読んでもわからないので、もう一回読まねばと思うのだけど、絶海の孤島に一人取り残されたときくらいにしか読む機会はないのかも知れない。
しかし、本を読む時間の流れ方って倉橋由美子氏が存命だった(1935年10月10日 - 2005年6月10日)ほんの少し前ともずいぶん変わってしまったんだなあとしみじみ思ってしまった。最近、ちゃんと本と向き合ってないわ。