象の夢を見たことはない -207ページ目

生存報告

あ、わたしですか?
生きてます。かなり、病んでますが。
頭痛いのは風邪らしい。季節の変わり目、めんどくさがって、ふとんを出すのをさぼるとダメだす。

いいすな、これ。わらった。

あと、納屋橋の梅田宏明の作品は、どうも1回に4名しか入れないそうで。「用意された装置に額を当て、ヘッドホンを装着して鑑賞。しかし、この作品の鑑賞方法は目を閉じて鑑賞するというもの。目を閉じていても様々な色や光のイメージが現れる」とか。。しまった。これは体験したかったぞ。

水の感覚

透過する何かや反射する何か。
ゆれうごいて重なる。
膨らむ。流れる。

あるいは浸食し、浸透する。

たとえば、そんな風にいろんなものの性質を箇条書きにしてみる。
なにか見つかるだろうか。

モノに対する感覚は、
ある部分で繋がり、重なりあっていて
あるときは、自分が世界と対峙するときの何かを象徴する。

そんな象徴も具体的で直截的な感覚から離れることはできない。

いや、ロジックではできる。
けど、足場が消えると正しさが見えなくなる。

記号論からスクリプトへと。
そういう抽象世界から現実へまろびでるアイコン。
おもしろいけど、どこかで人心から乖離している。
そういうものだけが持つ浮遊感。

ARタグの浮遊感というのは期せずして出てきたのだな。
いまわかった。そういうことか。
浮遊するシニフィアンか、なるほどね。
草間弥生のアレもそういうことか。
あのでかいアヒルもそうなのか?

あるいは透過GIF。
いまは水の時代なのか?

ブリコラージュ的に作られたものも
結局、そんなシンプルな感覚に還元されるのかも。
しかし、CCTVが「でかパン」っていうのは笑える。
嫌われてるからだろ。感情ってのは、まったく…

というか、最近水が気になる。
なんだろ?
いいねえ、スピリチュアル。
かかってこい!!!

納屋橋からのぉ~トリエンナーレ

今日は納屋橋から栄へ向かって攻めてみた。

納屋橋会場。
写真撮影不可。ちぇ。
ヤン・フードンは土曜日は18:00から。…。
孫原+彭禹は調整中。…。
やれやれ。
梅田宏明のインスタレーションには行列。
なぜ?パーフォーミングはおもしろそうだが。

裏の外壁だけ撮った。うし。

$ニャンちゅうなブログ-うしー

なんかアレだね、トリエンナーレ。
名古屋のマチにタトゥー入れてく感じ?
そう考えるとおもろい。

壁の隣にビルが出来、隠されて、
あるとき再び現れて偶然発見されたり、
逆にまったく知られず取り壊されたり。
そんな壁画の一生。
イタリアにはあるけど日本ではあっても気付かない。

栄方面へてくてく歩く。

中央広小路ビル。
ピップ&ポップ。
砂糖でつくられてる。YouTubeチベット砂曼荼羅のお菓子バージョンって感じ。

$ニャンちゅうなブログ-ピップ&ポップ

デリケートな作品なのでゆっくり歩きながら観察。

$ニャンちゅうなブログ-砂糖曼荼羅

なんだかうまそー。

$ニャンちゅうなブログ-砂糖曼荼羅2

ビルをでて、さらに西へ。
てくてく。
栄にとーちゃく。

くさまー。やよいー。

$ニャンちゅうなブログ-テレビ塔

オアシス21。水の宇宙船。
この場所を選んで、設置できるのが有名どころ。

$ニャンちゅうなブログ-透けて見える

下では、NHKの『いないいないばあっ!』イベント。
ちびっこ率高し。なごむ。

$ニャンちゅうなブログ-そら。そら

そしてこんな風に空も取り込む。

$ニャンちゅうなブログ-全体

空の水玉の増殖。くさまっぽい。

$ニャンちゅうなブログ-裏

裏まで余念はなし。
上で見てると、てんとうむし。下からだと、うみうしー。
さすが、くさまー。

おしまい。

今日のコイ御飯(チエ御飯ふう)

カレー。
朝からカレー。

昼。
昼はパッタイ。

濃っー

$ニャンちゅうなブログ-名古屋

名古屋駅裏の太閤口。シネマスコーレのトイ面。女子ばっかしあせる 
食べログなんぞで調べて行くから…。しかも、わかりにくいのだここ。
路地裏の意味が行ってわかった。1回ぐるっと回っちまった。

でも、ウマかった、パッタイ。パッタイってお米の麺のタイ風パスタ。
写真は撮れんかった。地元で普通に写真撮るのはなぜか恥ずいのー。
看板もこそこそっと。ランチセットで¥800。

ゆず茶もうまかった。ゆずのジャムをお湯で割ったものとか。
アイスで。底のゆずジャムをスプーンで掬いながら飲む。なぜかなつかしい味。
次はタイカレーだ。撮れるか?乞うご期待。

そして表へ出てプラプラ。
駅裏。

$ニャンちゅうなブログ-名古屋駅

空があまりにスカっとしてたので撮ってしまった。
…まあ、恥ずいのも気分次第ということで。

HATE / PEACE

以下、すべて愚痴。




想像力と空想力とは違う。

想像力は現実をイメージする力。
空想力は仮想をイメージする力。

例えば、そう分けてみる。

詩を書くときに必要なのは想像力で
童話やファンタジーを描くときに必要なのは空想力。

もっともそういうものでもない。

でも現実的な視点のない詩にはうんざり。

「なんで、こうなんだろ? 昔からだっけ? いや、そんな筈は…」
アルバムの歌詞カードをひっぱりだしてみる。
「あ、八田くんだったのか」と。
いや、でも、それだけじゃない筈と。

マンガは空想力を育てるけれど、現実をイメージする力を萎えさせる。
社会を批判したいなら、小説や詩を読めよ。
現実がないから響いて来ねえんだわ。

人の痛みをすべて引きうけられるほど強い人間なんていない。
そんな人間がウタう平和って…
想像力が足りねえよ。
それって何?お題目?
カッコツケタイダケジャネ?
人の痛みならなんぼでも曲は書けるさ。冒涜だよ。

本当は何も知らない。真実はわからない。絶対見抜けない。

そうなんじゃなかったんだっけ?

自分の痛みをさらけ出してた、あの頃はすごい引力だった。

昏さに共感するわけではない。
そんなおこがましいことは言えない。
人はそれぞれ価値観も感じ方も違う。
ただ、その昏さに同化した。
壁の向こうで。
そして解き放たれた。
それだけ。



lylic: futishi takagi / music: futoshi takagi
1st album "detroit"





くだらない大人の
単純明快な
その腐った空間に手を伸ばす
ついてゆく
ついてまわる
やがてその美しい君の羽根ももぎ取られる
でも僕はそれでも生きることを選ぶ
聞こえないくらい生きることを選ぶ


YouTubeHATE HONEY - Teenthrash PV
lylic: futishi takagi / music: atsushi hatta


HATE HONEY/nineteen hits(DVD付)


…そうか。
そういうことなのか。
そういうことなのか?

扉はもう閉じられてしまっている
窓は、今はもうそこにしかない。