耳が不自由なひかりは、あまり会話を好まない。
特に、数人での会話の輪には入ってこない。
だけど、何故か、私とはよく話しをする。
話しをするうちに、ひかりの難聴度合いや話しをするコツが分かってきた。
そうすると、ひかりと話しをするのが楽しくなってきた。
ひかりはわたしを「まゆ」と呼び、
私はひかりを「ひかり」と呼んだ。
いつしか、ふたりはとても仲良しになっていた。
ただ、ひかりをとても不思議に思うことがある。
彼女と話しをしていると、とても暖かな気持ちになる。
彼女の気持ち・・嬉しいとか、楽しいという気持ちが、心に流れ込んで来る様な気がする。
それがいつも、私の心を暖かくした。
これはなんだろう・・?
今まで、沢山の友達がいたけど、話しをしていてこんな気持ちを感じたのは初めてだ。
ひかりは、校庭の片隅にある花壇の傍のベンチがお気に入りで、昼休みに、姿が見えないな、と思うと、大抵はそこに居た。
その場所で、ひかりは、まるで花壇の花達と会話でもしているかの様に振舞うことがある。
花に向かって何かを呟き、優しい笑顔を見せている。
或る日、ひとりでそこにるひかりを見つけて、声を掛けてみた。
「やっほー。ひかり、なにしてるの?」
振り向くひかり。すると、さぁっと・・不思議な、楽しい気持ちに包まれる。
「あ、まゆ。あのね、お花達をみていたの」
私もベンチに座り、ひかりと一緒にお喋りをする。
不思議なことに、ふたりだけの筈なのに、沢山の仲間に包まれている様な気持ちになる。
ひかりに聞こえない位の小さな声で、
「ふしぎだなぁ。誰か、他にいるみたい」と呟く。
すると・・風も無いのに、花達がさわさわっと揺れた様な気がした。
傍らで、ひかりが、あの優しい笑顔で私を見詰めていた。
ひかりは、耳が不自由だけど、最初に担任の小林先生が言っていた様に、成績は優秀だった。
勉強だけでなく、スポーツも得意みたいだ。
特に、陸上競技は目を見張るものがあった。
走るのが速い。同じクラスの陸上部の選手の子より速かった。
陸上部の顧問は彼女に目を付け、陸上部に誘った。
だけど、ひかりはやんわりと断り、陸上部には入らなかった。
「どうして?ひかり。そんなに足が速いのに、もったいないよ」
「まゆ、ごめんね」
「なんで。謝る事じゃないでしょ」
「私、私ね、野球が好きなの」
「や、野球?」
「うん、野球」
それからひかりは、アメリカの高校時代の話しをしてくれた。
アメリカで、ひかりは硬式野球部の部員で、レギュラー選手だったと言った。
日本と違って、アメリカでは女子も硬式野球部でプレー出来るんだと言った。
「それ、女子硬式野球部ってこと?」
「ううん、男子と一緒の野球部だよ」
「へ・・へぇ。それはすごいね」
「うん。でも、残念」
「残念?」
「うん。だって、日本じゃ女の子は甲子園を目指せないでしょ」
「そ、そうなんだ」
ひかりは私を見て、すこし寂しそうに微笑んだ。
ひかりの残念な気持ちが伝わってきた。
聖櫻学園にも野球部はある。だけど、女子野球部はない。ソフトボール部ならあるけど。
ソフトボール部に入れば、と言ってみたけど、ひかりは微笑むだけだった。
或る日。
そんなひかりを誘って、聖櫻学園野球部の練習を見に行った。
我が聖櫻学園野球部は、決して強豪ではない。
だけど、今は三年生バッテリーの活躍のおかげで、そこそこの成績を残せるチームになっている。
聖櫻学園野球部の四番打者で捕手、キャプテンの赤嶺 大輔(あかみね だいすけ)と、エースの新城 省吾(しんじょう しょうご)。
ふたりの活躍で、去年の秋の県大会では、初めてベスト16までコマをすすめていた。
その赤嶺は、私の幼馴染。そして、赤嶺の親友の新城も、私ととても仲良しだ。
そんな話しをしながら、野球部の練習場であるグラウンドに向かった。
ひかりは、とても嬉しそうにしている。
「練習おわったらさ、ふたりに紹介してあげるよ」
「うん!ありがとう、まゆ!」
野球部のグラウンドは、校舎の裏手の石段を登り、陸上競技用のグラウンドの横を抜けた先にある。
照明塔が見えてきた。外野側から回りこむ様な小路があり、バックネット裏に続いている。
選手達が練習試合をしている姿が見えてきた。
ひかりと談笑しながら、バックネット裏に向かって歩いていた。
と、突然、ざわついた気持ちが心の中に流れ・・ひかりがいきなり、私を突き飛ばした。
「えっ、な・・」
なんで、と言いかけたところ、さっきまで私が立っていた場所に、硬式ボールがどすんっと落ちて大きく弾んだ。
さあっと血の気が引く。
ひかりは直ぐに私の傍に走り寄って、私の頭を抱いてくれた。
「ごめんね、まゆ」
「・・・」
「ごめんね、びっくりさせて」
「うん・・だ、大丈夫・・」
すこし震える声で答えて、ありがとう、と言おうとした。
「おーい、大丈夫ですか!」
背後で大きな声がした。
振り向くと、野球部の選手達がこちらに走り寄って来ていた。
WONDER-参 「出会い」に続く…