事件が起きた。
大輔達の最後の夏が始まろうとしていた矢先。
野球部員の二人が、二人乗りのバイクで転倒事故を起した。
その原因は、バイクの二人にはなく、急な飛び出しを避けようとしての事だったらしい。
だが、結果的に、二人は大怪我を負い、入院した。
聖櫻学園は、もともと女子高であり、生徒比率も女子が圧倒的に多い。
そんななので、野球部の部員の数も少なかった。
今年の夏を目指す部員の数は10人。たったの10人だった。
その10人で、去年も地方大会で好成績を残していた。
可能性は極めて低いかもだけど、野球部は甲子園大会出場を夢みていた。
その、最後のチャンスの夏に、貴重な部員を2人も欠いてしまった。
大輔と省吾の落ち込みは激しかった。
何を言っても、慰めにはならなかった。
そんなふたりを、なにかとても強い眼差しで。。ひかりが見詰めていた。
数日後。
野球部の顧問、長谷 芳郎(はせ よしろう)はナインをグラウンドに集めた。
ナインと言っても八人しかいない。
長谷は、ナインに、地方予選出場は不可能だと伝えた。
緊急で募集したものの、新しい部員は一人も来なかった。
落胆した空気が流れる。涙する者もいる。
その時、ユニフォームに身を包んだひとりの生徒が駆け寄ってきた。
聖櫻学園のユニフォームではない、縦縞のユニフォーム。
慎重は170cmくらいか。細身で、女性を想わせる様な体型。
その生徒は、少し離れたところで立ち止ると、勢いよく帽子を取り、頭を下げた。
五分刈りの、とても形の良い頭。それからゆっくりと顔を上げる。
「ひかり!」
「ひかり!」
大輔と省吾が同時に声を上げる。
「な、なにしてるんだ、お前!」
するとひかりが口を開いた。
「転校生の、春賀光、二年生です。野球部への入部を希望します!」
一同唖然とした。
ひかりが女生徒である事は皆知っている。そのひかりが、坊主頭にしてユニフォームを着ている。
大輔と省吾がひかりに近づく。
「気持ちは嬉しいけどな、ひかり。」
「無理なんだ。女子は野球を出来ない。」
すると光は、大きな声を出して答えた。
「僕は、男です!」
唖然とする一同。
「男です。男だって、思って下さい!」
「それは無理だ、ひかり」と、省吾が優しく言う。
その言葉を跳ねのける様に、ひかりが熱心に言葉を続ける。
アメリカではチームの中心選手だったこと。甲子園に憧れて日本に来たのに、野球が出来ない悔しさ。
そして、野球に対する熱意を、まるで演説でもする様に語った。
一同を、不思議な熱い思いが包みこんだ。
ひかりの気持ちが皆に伝わる。ひかりに、野球をやらせてあげたい。。誰もがそう思った。
「わかった」と長谷が口を開いた。
「今年の三年生が卒業したら、野球部員はもう三人しか残らない。来年の新入生に期待するのも難しい。」
「つまり、聖櫻学園野球部は、今年が最後になる可能性がある。それなら・・」
「責任は持とう。春賀を男子生徒として登録して、いけるところまで行こう」
長谷の言葉に熱が籠もる。野球部員から拍手が生まれた。
誰もが春賀を迎え入れようという気持ちになった。
だか、その時、
「待った」
とひとりの部員が声を掛けた。省吾だ。
「野球はそんなに甘くない。お前には無理だ」
と言う。
静まりかえるナイン。
と、ひかりが答える。
「実力を見てください。それで駄目なら、引き下がります」
つよい眼差しで省吾を見詰める。
「わかった。」
省吾はそういって、マウンドに向かった。
「10球だ。打てるものなら、打ってみろ」
「はいっ!」
大輔がキャッチャーマスクを被って構える。
マウンドの省吾とウォーミングアップの投球練習をする。
省吾は長身で右腕の本格派だ。
140km近いストレートと、大きく曲がるカーブが武器。
秋の県大会でも、防御率は良く、殆ど失点していない。
その省吾が、マウンドに仁王立ちになっている。
省吾は、ひかりを案じていた。
ひかりの申し出はとても嬉しかった。だが、やはり硬式野球は男のスポーツだ。
ひかりに危ない事をやらせたくない。その想いが強かった。
だから、あえてひかりの壁になろうとして、マウンドに立った。
・・ごめんな、ひかり。悪く思うな。
心の中で、省吾は呟いた。
バッターボックスの左打席に、ひかりが入る。
バットを構えて、静かに省吾を見詰める。
省吾が大きくふりかぶり、第一球を投じてきた。
WONDER-五 「初戦突破」に続く…