いわゆる『良作』の上をいくゲームのことですか先生。

でも明確な線引きってないですよね先生。

じゃあ個人的にめっちゃハマったゲームが神ゲーってことでいいですか先生。





はいコンニチワ。久々のブログです。

インなんとかさんに頭をかみ砕かれそうになってました。頭痛やばい。

そんなこんなでインフルエンザで停滞していたブログを再度頑張ってみます。まだまだ心は折れませんとも。


さてさて、先日のこと。冷えた体を風呂で温めていた時に、ふと神ゲーの定義って何だろ、と思った。

一人湯舟の中で鏡に水鉄砲かけながら考えてました。

よくアマゾンのレビューなんかで使われてる『神ゲー』ですが、実際そのゲームをプレイしてみてもあまりハマらないこともしばしば。

また、GAME OF THE YEAR(GOTY)に選ばれた作品が神ゲーか、と聞かれればそうでもなく。

要するに個人的に満点あげたい作品を神ゲー、と言うのではないかと。

かといって大半の人が面白くない、という作品を個人的に好きだからといってそれを神ゲーとは呼べませんから、一般的に多くの人が満点あげたくなる作品が神ゲーなんですかね。

ただし、万人受けする作品なんてのは所詮良作止まりだろうし、一部のユーザーの好みをどこまでも追求しつつ、間口を広く、敷居を低くした作品が神ゲーなんですか……?

はい、なんか最後すっごく曖昧になりましたが、要は楽しけりゃなんでもいいや、という元も子もない結論で思考をぶっ飛ばす。

最後に、本当の神ゲーとは記憶に残るものなんじゃないでしょうか。

あの時、あのゲームはまったよな、と思い出の話で他者と盛り上がれるならそれは正しく神ゲーなんだと思います。


ちなみに。

思い出の彼方にあるゲームなんて古すぎて紹介してもプレイ出来ないから、まだ店頭にあるゲームから私自身にとっての神ゲーをピックアップしてみますね。


PS3
アサシンクリード
アンチャーテッド

PS2
FinalFantasy X
.hack//G.U.

PS
バイオハザード1~3

PSP
英雄伝説 空の軌跡
幻想水滸伝I・II



更にオマケ。

〇〇ゲー、と呼ばれる作品も紹介してみます。あくまで個人的な評価ですので悪しからず。

鬱ゲー
クライシスコア

バカゲー
せがれいじり

クソゲー
聖剣伝説4
三回目です。段々と自分でも何言ってるか分かんなくなってきました。

小説だろうとブログだろうと、やたらと長文にしたらグダグダになるんですね。いい教訓です。


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大概のサイトで閲覧数は毎日更新されますから、今日は〇〇人、昨日は〇〇人、と分かるので閲覧数が増えていくのがすぐ分かります。閲覧数増えたらやる気も増すよね。


そんじゃあ、文章力皆無・独創性皆無でも閲覧数は増えるか、と聞かれれば正直にお答えします。

無理ですたい。

正確には、書き続ければ閲覧数は増えます。超低速で。

でもやっぱり百人、千人とかに見てもらったら嬉しいですし、やる気も急上昇。



では、文章力向上にはどうすればいいか。



これは私の経験なので万人に当てはまるかは分かりませんが、まず『とにかく書き続ける』こと、次に『プロの作品を読む』ことです。

両方を平行して下さい。

書き続ければ文章力は上がります。たぶん。

書きながら、プロの作家さんが書いた作品を読めば文章力は上がります。きっと。


細かく説明するなら、プロの作品を言葉の使い方やストーリーの流れを気にしながら読めばかなり効果あると思います。そんでもってマネしてみる。

もうね、一字一句同じでもいいから書いてみる。コピペはダメよ。

書いてる内にその表現法が自身のスキルとして身につきますから、そしたらまた別のスキル探しに。


私は高校時代にこの方法で国語力上がりました。

どのくらいかと言うと、センター試験の国語が200点満点で120点くらいだったのが最高170点くらいになりました。

勉強嫌いでも小説書いてれば以外と成績上がるんですね。マジで。

たぶん授業で出てくる内容が小説のネタになると思えば自然と頭に入るんじゃないかと。

あと、国語力上がったら英語力も上がりますよ。何故か。


携帯小説の手軽さを活用して皆さんもクリエーターになってみませんか?

活字離れなんて人事にしちゃえ。
ほい、二回目だよ。書いてくよ。だらだら行くよー。

え、要約って何ですか? それって美味しいの?

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他人の書いた作品を訂正する、なんてことは初めてでしたから、あまりの難しさに心が折れそうになりましたよ。

友人は頭にビジョンを持って文章にするわけですが、それが私には伝わらないもんだから自分勝手な解釈で訂正を加えるわけです。

すると、当然ながらストーリーの中の細かな伏線なんかも見事木っ端みじんにしちゃってやり直し。

しかもせっかく友人(仮に田中クン)の書いた田中テイストの文章が私好みの味付けになったりと、本当に難しい。

一人の作家さんの作品をいくつも見て行くと分かると思いますが、文章には各作家さんの『色』があります。ストーリーなどの設定以外に表現にもオリジナリティがあり、書いてる内にそれは自信のクセとして定着しちゃて中々直しようもないの。(もとより直す必要ないと思う)

つまり他人の作品を書く、というのは自分のクセを取っ払って他人のクセを真似するような感じなんです。

とはいえ、四苦八苦する中で気づいたこともたくさんありました。

自分以外の人が描く作品を、製作段階から見ていくことで色んな考え方があることや、凝り固まったルールに従った書き方が面白いとは限らないこと。型にはめなくても面白いものはそれで良いんじゃないかなー、と思えました。

最低限のルールは必要でしょうけど。



さて、じゃあここからは私個人の『携帯小説』についてカリカリバシバシドカドカグチャグチャ書いていきます。肯定的なる必要はないので、一匹の羽虫の鳴き声程度に聞いてね。


まず、携帯小説は小説ではないです。

いきなり何言い出すんだコノヤロウ、とか思われそうですね。決して携帯小説作家さんにケンカ売ってるわけではないですよ。


一冊の本として完成された小説ではない、という意味です。

本として出版するには文章力や独創性、運が必要となりますが、携帯小説はケータイさえあれば出来ます。誰でも自分を書けます。

自身の考え、自身の夢、欲望。自身を表現するメディアとして誰もが利用できます。

つまり、『作家になろう!』というのと『携帯小説書こう!』というのは重みが違う、ということ。

また、携帯小説の特徴として大きいのが、『閲覧数』が表示されることです。