明るい黄色の、丸い花が森に咲き始める。外国から来た種類だと聞いて調べたら、どうやらこれは、春を告げる花だとのことだった。風にころころ、ふるふると踊る様は妙にあいらしく、木蓮のような気高さや、はしどいのような芳しさはなくとも、その姿でじゅうぶんに、人を喜ばせることができるのだろう。
 まだ、目を開けない。
 同じ花を片腕に抱えて、くるくると新緑のようなあかるいグリーンをたたえた瞳で花を見上げて、留意が深いため息をついた。
 兄、もとい自分の兄貴分である標意が生き返ったかわりのように。襟足を長く伸ばし、口角が意地悪く曲がった若者は海から引き上げられたあと、森で眠り続けている。

 お願いです、こいつを助けて。
 兄貴のかわりに、海に、海に沈んで……。

 泣き腫らした目で必死に訴えてきた留意も、海水でびっしょりと濡れており、ブルブルと震えていた。男は自分たちと同じ生き物なのだと、留意は言った。
 闇猫だ、口は悪いけどいいやつなんです。
 俺に付き添ってくれて、兄貴を救ってくれたんです。

 お願いだから、こいつを、助けて。

 失いたくないんだ。もう、誰も。何もかも。

 草叢に倒れ込むまで、留意は、必死に私へ訴えていた。

 あれから何年も月日が経過している。何年も、いや、何十年も。
 標意はすっかり回復し、留意もあどけないまま学生生活を繰り返している。退屈な時は彼らの話を聞き、私は森で眠る男の傍で過ごす。苦痛でもないし、面倒でもない。時折毛足の長い猫の姿へ戻っては、そっと腕を枕に眠る。胸に耳をピタッとおしあてると、弱いながらも心臓が動く音は聞こえている。
 男は酷く体力も、心も消耗していた。
 そこまでしなくても、助からないものを無理して、救うことなどないものを。
 森に住む自分とは、大事にする重みが些か違うようで、戸惑ってしまう。

 今年は妙な病が流行っているというこちで、そこかしこで行われるはずの式典が中止され、花屋に並ぶ花が美しくまた、手頃なのだと留意が言った。
 見上げればミモザと呼ばれる花のほかにも、こぶしに蝋梅、レンギョウ、地面には濃い紫を花弁にたたえるカタクリが咲き誇る。
 
 こんなにきれいなのに、もったいないよ、央ちゃん。
 ねえ、いい加減起きなよ。
 優しく額と頬を撫で、留意が呼びかけた。
 ふわり、ふわりとさまざまな花が香る。ひくひくと鼻を動かしながら、私は木の上、なるべく太い枝の上で香箱を組んで森の様子を伺う。
 早すぎるよ、気をつけてって、兄貴はいつも言うんだよ。
 だから、目を覚ましてよ。央ちゃん。

 優しく、留意が男の手を握る。
 標意には見せない、微熱がこもったような眼差しで。勘違いなら良いのだが、と私はひとり気を揉んでしまう。悪い癖だと思いつつ、草叢に眠る男の表情を細かく観察する。
 ひくひくと、眉が動いている。
 さわさわ、そよそよ、ミモザが揺れる。

 あたたかな風がふうっと、尾の毛を撫でていく。
 俺のせいだ、きっと。
 ごめん、央ちゃん。ごめん。

 服が草や泥で汚れるのも構わず留意が座り込み、寄り添うように男のそばで話かけている時だった。

 うるせえな、と不機嫌そうな声がした。
 私のものでも、留意のものでもない、かすれた低い声。

 うーん、と伸びをして男が起き上がる。数回くしゃみをし、自分の周囲へ敷き詰められたミモザやガーベラ、チューリップに混ざり名も忘れた野の花が咲く様に驚いている。
「央ちゃん、俺のことわかる?」
「当たり前だろ、留意に決まってんじゃん」
 へへへ、と男は笑って立ち上がると服についた草や泥を両手でぱんぱんとはたき落とし、留意に「腹減った、飯行こうぜ」と手を出した。

 私はどうやら、木の上に隠れていた方が良さそうだ。
 そんな気がして、森を出て行く二人をそっと見送った。

 彼らを見かけたら、兄貴分である標意はどんな反応をするだろう。
 自分に、相談しにくるだろうか。

 それとも、受け入れるだろうか。年号も時代も変わった今では、戸惑うことも少ないだろうから、果たして自分も安心させることができるのだろうか。

 男の眠る場所にはまるでフェアリーリングのような、花の輪ができていた。
 果たして、あれらは森と共に生きられるだろうか。

 かぐわしく、生に満ちた香りを私は思い切り吸い込んでいた。

 影崎 留意
 天王寺 央
 夢宇童子
 
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