今日はちょっと赤ワインみたいな重い話をします。メンタルシック関係のことなので、苦手なかたは読まないでね。
20代後半のときでしょうか、メンタルシックを発症してもう15年ぐらいになります。
発端は今考えるとすごく些細なことだったような、ただ当時はそれが「引き金」になるほど、辛かったんだなとしみじみ思います。
ある会社に勤めて、出張していた時のことです。
酔っ払っていた職場の先輩に、二人きりの時に怒られたんですよ。
内容は大昔なんで覚えていないんですけど、まあこういう症状出るぐらいですから当時の自分的には、ひどいこと言われたんでしょうね。
翌日から身体にちからが入らない、食欲がない、音楽を聴いてもなんだか気分がすぐれない。
いや本当に、化粧する気力もない。起き上がれない。
発端にな出来事は出張中に起きたので、余計に逃げ道がない。
向こうは「酔ってたから」で気にもしていない。
まあ、うちに帰れば大丈夫だろうと思っていました。
・・・・・・甘かった。
帰っても、なにも変わらないんです。
まず吐き気はとまらないし、どこか自分の心がないというか、身体のなかが空っぽで、でも涙が出るような、そんな感じでした。
仕事には行ってたし、ポンコツではありましたがある程度は自分のできる範囲で、こなしていたと思います。
それでもふと手が空くと、異常な虚無感に襲われる。
もともと手の指や、ささくれをむしる癖があって、だんだんひどくなってきていました。
ここまでいくと分かると思いますが、百均でカッター買って手首をざくざく切っていました。血液がじわっと、にじむ程度ですけど。
バスとか、電車でも平気でやっていたんですよ。職場でもトイレにこもってそこで切ったりして。痛いと安心して、頭がすっきりして日常に戻れるから、どんどん依存性が高くなっていました。
さすがにやばいと思って、いまでも通っている病院に行ったところ、カウンセリングや現在抱えている症状などから見立てた結果、PTSD由来の従来型うつ、強迫神経症、不安神経症ということでした。
悲観も絶望もしませんし、ああ、そういう風になるんだなと思いました。
当時勤めていた会社は、諸事情で結局退職しましたが、休職もしましたし、未だに波があります。
あれから15年経過していますが、こうやって話せるようになるまでは回復できたこと、というか今のところ「落ち着いている」ということに安心しています。
様々な疾患はありますが、たとえば服薬治療で完治したり、外科手術で完治することはたくさんあります。
心は、どうなんでしょう。
波はたくさんあります。心は海みたいなもので、引き潮もあれば満ち潮もあり、波が高いときもあれば凪のときもあるのです。
発症時、つまり心身ともに症状がピークだったとき、とてもじゃないけれど動ける状態ではありませんでした。
処方された薬がきいてとにかく眠いし、寝ていたいし、食事よりも何よりも寝かせて~という記憶があります。
まだ健在だった祖母が「寝ながら食べてるわよ」と言っていました。
休みたかったんだろうなあ、と今ではそう思います。
一進一退を繰り返し、転職したのちに、自分にある「考え」が根付いていくようになりました。
世間で「鬱は甘え」だとかいう、言葉があります。
私はそうは思いません。
あんなに辛いこと、こわいことは滅多にないし、甘えでここまでならない。
しかし、前述しました「ある考え」はどこかシンクロしているようで、どきりとさせられます。
メンタルシックを発症して服薬加療し、休職や転職をしてきたのちに、最初は「自分はメンタルシックと共存して、仲良くやっていくしかない」と考えのもとに過ごしていました。
人間は弱い生き物です。
どうしても楽ちんなほう、簡単なほうに流れてしまいます。
私はいつしか、メンタルシックだからしょうがない、と甘えるようになってきていました。仕事が雑でも、そのせいで人間関係がうまくいかなくても、メンタルシックだからしょうがないと甘えて逃げるようになりました。
結果、半年ぐらい失業することになりました。
自分で自分を追い詰めて、胃を悪くし、逆流性食道炎や貧血でしょっちゅう救急搬送されるような状態が続いていたこと、祖母が急病で亡くなったことも重なっていたでしょう。
甘えていると気づいたころ、何をやってきたんだろうと思いました。
みんな自分の悪口を言っている気がすると思って、思い込んで、思い込ませて、電車に乗れなくなったりもしました。
ある意味誰かのせいにして、逃げたかったのかもしれません。
誰かのせいにすれば、自分は守られると。
反対に、信用されなくなったことにも、周囲のせいにして。
ある意味自分は、空っぽになってしまったなと思います、本当に。
心がままならないことに、悩んでいる人はたくさんいるでしょう。
なにかが引き金で、症状が出てしまうこともあると思います。
周囲が悪いと、怒ること、責め続ける気持ちはじゅうぶんにわかります。
引き金は自分がひくことも、周りにいる誰かがひくことも。
でも、そこでブツブツしていて、噛みちぎって、何が得られるんだろうと考えたとき、すっからかんな自分しかいませんでした。
誰かのせいにして、症状が軽くなるわけでもない。
許すまでには、受け入れるまでには時間もかかるし、難しい。
未だに、似た状況に陥ると体調が悪くなったり、思い出して涙が止まらなくなったり、呼吸が出来なくなることもあります。
だからといって、何時までも責めることはできない。
すぐに治るもんでもないし、依存すればどんどん深みに落ちている。
あくまで自分自身の経験と考えなので、必ずしも正しいとは言えませんが、こうやって生きているメンタルシック患者もいるということで。
執筆するようになって、フラッシュバックや慢性的な症状がずいぶんと緩和されました。妖しい話でつながった皆様と食事したり、いろんな話をして救われたこともたくさんあります。
受け入れてくださったことを感謝するとともに、この記事以外にもエブリスタや様々なところで作品を読んでくださっている皆様にも、執筆することで出会えたことに感謝いたします。
許すことは難しいけれど、なるべくずっと怒りは持ち続けたくない。
治ってきた傷のかさぶたをわざとはがして、痛い痛いとアピールしても、痛いのは自分。
15年かかえて、そういう結論に至りました。
と、かっこつけましたが。推しがいたから生きられるんだよなあ、本当。
高田純次を心に忍ばせると効きます。いいんじゃない?わかんないけど。

カフェドパリに友人といきました。
マンゴーうめえええええええなおい、本当にこんなの食べたことないよ。
このあとめちゃくちゃタピオカした。
