メンタルシックのことですが。あ、だめなひとはそっと閉じてください。すいませぬ。

 要するに、気の持ちようでしょって、未だに言う人がいるそうな。それがうまくいかないからふらついたり、悩んだりしているんでしょうがと。

 幸いにも私は、そういうことを言われたことはないのですが、メンタルシックイコール怠けている人という眼差しで見られることはありましたし、実際に怠けていた時期はありました。

 以前のブログにも書きましたが、病に甘えていた時期ですね。メンタルシックだからしょうがないでしょ、メンタルシックだから私はこういうことも、ああいうこともできない、苦しい、みんなわかんないくせに、どうせだれも聞かないでしょとか。

 面倒くさいですよね、こうやって思い出して書き下していても、自分のことなのにウワーいい加減にしろって思いますよ、本当に。

 ここでふさいで過ごすのも自分だし、ここでダメダメと立ち上がるのも自分だし、焦ってもうまくいかないなと考えて就職活動していました。もちろん、焦りがないと言えば嘘になりますし、使えるお金がだんだんなくなることは正直追い詰められる気持ちは強かったです。

 だからといって、なにもしない自分は嫌だなと思い掃除したりとかして、猫を譲り受けて育てたり。仕事が決まったときは、自分よりも猫がお腹空かないで済むなあってことでした。あと、また逃げるようにはなりたくないとか。

 いま、なんとか生きていますが、きょうはさすがに危険だった。緊急時の服薬を日中にするのは滅多にないから、気温とか湿度の変化があったからとは思いますが、自分のことだけど負けたくないんだよなあって思うんですよ。

 弱いくせに酒好きで、弱いくせに負けず嫌いなやつなので。

 自分をあわれむとすごく楽チンだし、ずぶずぶになるから心地よいんですけどね。素寒貧になってしまうから、怖い。

 未だに聞こえそうな声とか、未だに逆戻りしそうな自分を抱えています。

 構ってほしいですよね、寂しいときや、苦しいときは。大丈夫よって安心したいですよね。私だってそうですし、誰だって同じだと思います。

 ずぶずぶはまれば、人が離れていく。
 けれどもし、自分が手をさしのべたら?依存されるのは面倒くさい?

 それは、ずるくないですか?
 話をさんざん聞かせておいて、聞いてってなったら適当なのは、フェアじゃないと思いませんか?

 どうにかなるじゃなくて、どうすればいいか、そっと寄り添えるような者でいたいなと考えています。

 ドーシヨードーシヨーは勘弁だけど(笑)

 以上本日のぼやきでした。

 週末もご安全に。


そのとき譲り受けた猫がこいつです。
チーちゃん、13才。

おいしそうなおててでとぅ