こんばんは、合野愛佳(ごうのあいか)です。
時々、『好きってなんだっけ』って感覚に襲われることがあります。今まで好きだった物事に興味がなくなってしまったのかそれとも好きという感覚に慣れてしまってその"慣れ"を"冷め"だと勘違いしてしまっているのかそれさえもよく分からなくなります。
たしかにその物事を好きだった過去はあるのに途端に興味を無くしてしまって好きだった理由がわからなくなるパターンと、好きということが当たり前になりすぎてその感情の大切さを忘れてしまっていて慣れてしまった感覚のことを冷めたと呼んでいるパターンなのかは自分でもどちらのパターンなのか判断するのが難しかったりします。
大抵は後者のパターンだと思うのですが稀に前者もあるので判断が難しいところではあります。
今まで『好き』を貫いてきたから『好きでい続けなきゃ』と義務感が発生した時点でそれはもう心から好きとは呼べないのではないかなと。
長年好きだったものに冷めかけるとこの感覚に襲われたりしがちかなと個人的には思ったりもします。
『長年好きだったから好きでいないといけない』
『私から𓏸𓏸(趣味)をとったら何も無くなってしまう』
という感覚故にその現象に陥りやすいのかもなと思いました。
長年好きだったものに興味が無くなる瞬間や好きなことを卒業する瞬間は自分の一部が無くなるのと近い感覚ではあるのでその時は辛かったり、罪悪感があったりしますが、そのうち好きだったことを忘れたあとの『好きじゃない』が当たり前になってしまって"好きだった頃の感覚"を寂しいほどに忘れてしまうことが当たり前の日々がそのうち来るのではないかなと勝手に思っています…笑
「あんなに好きだったのに」って絶望したり、自分の一部が消えるような罪悪感に襲われたりもしますが…結局のところ、好きじゃなくなったくらいで死ぬわけじゃないし、また別の何かに夢中になってる自分に出会うだけなんだろうな、とも思います。笑
だから今は、この「当たり前すぎて忘れそうな好き」を、せめて忘れるまでの間は、適当に大事にしながら生きていきたいです。
いつか私が何かを好きじゃなくなりそうになったとしてもこのことを思い出して前向きに考えられる人間になりたいなと思いました。
おやすみなさい。