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るるる〜♪

つれづれなるままに。エッセイストの気分。

下の記事は宇宙の果てのどこかで、メビウスの輪のようにマクロの質量がある時、

どんどん小さくなり、ミクロの世界と繋がっているんだよという記事。

宇宙のブラックホールはその変換装置なのか。。?よくわからないけれど。

そう言えばたまにテレビで顕微鏡を覗いた世界がやけに

人間の世界とはまた違う世界の姿をしていて

拡大や縮小で全く違う世界が共存しているんだなと思うことがあるけれど。

推測するに、私達の体の中に宇宙の最果てがあって

ごはんを食べているのは私達の体の中の宇宙を維持するためだったら面白い。

体を維持することは外の宇宙を維持すること。

だからすべてはつながっている、とかすべては1つだとか

自分の中に神がいるとか、内在神とつながる仕組みはそういうことなのかな。

全くわからないけれど推測しました。








日向夏自家成り

ただ今0学占いで言う配信年配信月でございます。

天中殺とかそのたぐいの停滞期です。

それで、この年には物事をはじめたらダメな時期なんですけど。

物事はそれをやり始めた時期の運命的なものを背負ってるのですが。

開拓、成長、決定、健康、
人気、浮気、再開、経済、充実
背信、0期、清算

の年運のうち

開拓〜健康までで物事が始まる時期
人気〜充実までは成長して形になる時期
背信ではそれが終わる時期だからです。

背信では最悪な事態になる時期ではあるのですが、

流れで見ると

再開では愛情運吉
経済では金運吉
充実では努力してきたものが結果を出す吉
なのですが。
次の背信は終わらせるべきものが噴出する
だから停滞期なのです。

つまり基本は物事を始めるべきではない。

そして噴出してくる諸問題は噴出させて、全て終わらせるべき運ということ。

だからガンガンに問題が出て自分の姿が浮き彫りになる、その膿を出し切ったら吉

背信、0期、清算も同じ意味ですが、1番終わりの意味が強いのが背信だそうです。

だからダメなことになっても、これが自分だなと、思うことで吉です。




黒糖揚げまんじゅう

ハロウィンには全く親しみがないのだが、

年がら年中洋風な行事をしているので、もういいかげんいらないって感じがする。

そんな時、ハロウィンはいけにえの儀式がある行事だと、最近ブログで読みました。

インカ文明では心臓をその時の神に捧げていたり、

スサノオの神話では、クシナダ姫が悪い龍に食べられるいきさつがあったり、

箱根神社や諏訪神社にも神官や民がそれをしたり

聖書にもイサクをその時の神から差し出せと言われて回避できたり、

私の住んでる土地にも化け物に食べられる運命にあった人を救った話が残っている。

聖書での話は、イサク以前は人間を捧げる習慣があったが、

イサク以後には必要無くなったために、聖書ではそのような記述があると

最近理解したのだが。

そのような、人間が食べられる話の一端がハロウィンなんだそうで。

その恐ろしさをパロディにする力はすごいけどけど、

ただ神話の世界であった事が、こうやって行事とはいえ現代にも伝わっている

というのはすごい。

ハロウィンの謂れ記事こちら→





どのブログかは忘れてしまったが、通りがかりに読んだあるブログには

地球には一時期宇宙人がいて、一斉に地球から去ることになり

地球には宇宙人からの恩得を全く得ることがなくなったそうだが、

人を食べる宇宙人ってのはこの伝承の多さから言うと

実際にいてその時に去って行ったのかもしれない。





またエジプトのミイラは、

宇宙人が使っていた技術を見よう見まねで人間が続けているもので、

実際には培養生体保存や、クローン人間の技術が、

そこにはあったけど、人間にはそれができなかっただけと言うブログもあった。

この先スフィンクスの左足下からそのような情報が出て来るという話もあるので、

楽しみに待っていたい。



さつまいも蒸しパン








短大生の時、タロットをやり始めた。

当時友達だった女子から、タロットの精が来るんだってー。

と言われて、そんなの来ないよと思ったけど、少し考えたら、思い当たった。

昔から変な夢を見たりすると布団を被り直して寝てしまうのですが。

巨大ないも虫のような、

ぼろぼろな布にくるまった人物みたいな、ほとんど精みたいなやつが、

数千年の昔から、という感じのが枕元に浮かんでいた。

無音で0.4秒ぐらい見たけど、何の為に現れたんだろ?





精がはこんな事を言ってそうだ、

ぬしもタロットやり始めましたん?

タロットの力を使いますのな!

わてがタロットの精やねんからな、

わてから言っておくわ!

その力はな、、

実はな、、

、、やねん!!プププ

しっかりきばってや〜

ニヤリグラサン

、、の所が全くわからないけど、

そのような感じがしました。








この1週間、自分軸で生きる事が幸せになるという内容のものを読む事が多い。

兄弟から教えてもらったマヤ暦の占いに、

私の診断結果が、基本的に人の事は気にしませんとあった。

いや、そんなことはなく、人のために生きてることを感じて生きてる。

でも自分の気持ちを探ると、人に合わせて生きる事は所詮できないと思える。

自分軸で生きられたら、いいのにと小さな頃思ってたけど、うまくいかなかった。

今までの人生に自分軸が足りなかったのかな。今なら出来るかもしれない。




次のリンクは、自分の事に人生を使わないともったいないという内容。


自分の人生の中で、人に合わせて自分の幸せを感じないのはもったいない。

自分を大事にするのが人生だから、

パートナーであっても、自分軸を優先してみなさいとある。

個人的な喜びを優先させつつ、パートナーを大事にするのは難しそうですが、

本当に大事にするのは自分というのは、わかるので、

自分やパートナーも大事にするを繰り返すうちわかるかもしれない。

自分をとことん大事にして幸せに生きてみたい。





家で取れたみょうが



小説を読んでいると登場している未来人に、冷静沈着な姿を見ることがある。

未来人と今の人間の違いはあるとしたら何だろうと考えると、

例えば価値について善はこういう役割がある、悪はこういう役割があると、

人間が良く使う価値を分析している所ではないかと思う。

前の記事で言った、悪にもありがとうと言えるかも、、と言う所だが、

例えばニュースで人極悪犯を見て、その人にありがとうと言うのではなく、

人間は人をこんなに憎むことがあるという理解ができるという事だ。

肉親を傷つけることがある

関係ない人を傷つけることがある

言いがかりをつけることがある

嘘をつく事がある

盗むことがある

。。。などなど、人間である事で得る可能性のある事を理解していくのだと思う。

未来には人間の理解が進むと予想します。

そして対局する2つの価値を理解することで、人間が成長できることを

太極図は語っているのではないかと思う。

善と悪とそれを超えた所にこそ人間の成長はある。

そのことをこの図は説明していると思う。

続く




戸隠奥社山門
タロットの本を取り寄せている3、4日の間、

タロットの秘密がわかるかもしれないという期待が、なにやら勘を鋭くさせていた。

そのタロットの本はシュメール文化とタロットの成り立ちについて書かれている。

タロットはヨーロッパではなくシュメール文化からの伝承があるとのこと、

だからなのか、

勘は皇室を表している五七の桐という紋の形がメノラーに似てるというイメージで、

五七の桐の花が7つ咲いている部分がメノラーの7本のロウソク立てに似ている、、

と思った。

(メノラーとはイスラエルの国章で日本の菊の家紋に当たる燭台の事)

調べていると、桐の葉の部分に描かれている葉脈がそのまんま、

メノラーの形をしていると、イスラエルの親日家のコーエンさんが言っている。

と記事に出ていた。


※図はお役立ち季節の耳より情報局から引用


※図はウィキペディアから引用

イスラエルと日本にシュメール同祖の可能性がある。

yahoo!知恵袋で調べたところ、

メノラーは火を神格とした拝火教のゾロアスター教に通じる。

またゾロアスター教は原始キリスト教に影響を与えているとあり、

聖書の一連の内容はシュメール伝承が多かったらしい。

つまり、メノラーを陰ながら紋に入れるのが宗教的意味があるなら、

日本もゾロアスター教に通じる可能性がある。

ゾロアスター教は牛頭天皇やアヌナンキなど不思議なことばかり。

本を読んでまたわかることがあれば記事にします。


戸隠奥社への道

ずいぶん前に太極図が夢に出て来た時、

不思議だなとしか思わなかったけど、

深く考えたことがなかった。





今考えると善としての白、

悪としての黒なのかな。

最近見たブログや映像がたまたま太極図の話に結びついたので、

記事にしてみた。





悪は実は聖なる存在だと言うブログを見かけてわからなかったが、

推測したのはこうだ。

例えば植物は

人間に食べ物を与え人間が肥料をやっている協力関係。

植物は人間のためにやっている側面があり、人間は植物に助けられている。

植物よありがとうと思う。






同じように、悪は、

人間にとって善を理解させるという役割を持っている所があり、

それが聖なる役割なのだろう。

悪も人間を育てる役割を持っている。






今日、池上彰の番組で、

悪いニュースを何故流すのか、

良いニュースだけ流せばいいのに、

という子供の疑問に答える特集をしていたけど、

良いニュースを流してばかりだと、独裁者が生まれる国になり、

例えば行きすぎた社会主義国のようになり、

悪いニュースを流す国は誤解やうわさもなく正しく悪いという価値を受け取る

とあり、

マスコミや国の正しい姿は、悪を正しく悪とする所から始まると解説していた。

倫理的、宗教的な答えだった。





つまり長くなったが、悪と思うものは、

人間の側面であり、自分の後ろ姿を見ている事になる。

聖書の中に神が自分の後ろ姿を見るためにたくさんの存在を生んだという

その箇所と同じ意味になる。

つまり神がたくさんの善や悪の存在を生んだのは自分の姿を見るためだ

という事なのだ。

理解して、悪を認める、自分を認めることは生きる事の中では大事な事なのだろう。






YOUTUBEの不思議映像に解説されていたが、

明るい光を識別するためには、暗い黒が必要であり、

どんだけ善であるかを理解するためには、悪が必要であると。

わかりやすく言うとそういう事だろう。

白から黒に広がるグラデーションのうち、自分はどの白か、

どの黒かを見極めるには悪が必要になる。






つまり白と黒、善と悪は

価値観として感情抜きに考えれば協力関係にある。

今は無理だが後から考えたら、ありがとうと思う事があるのかもしれない。。





畑で採れたもの
もう10年以上も前、大祓という行事を横浜の伊勢山皇大神宮で受けた。

その時、自分の悩みを払ってもらいたくて大祓を申し込んだ。

50人ぐらいの人と本殿の中に進んだ。

神社の神官が、白いふさを持って払ってくれたり、列に並んで輪をくぐったりした。

真面目にやってたらある時心一杯にある感情が吹き出していた。

涙がちょちょぎれていた。神の愛ってものがその時感じられた。

本当なら、その場で号泣したかったけれど、周りがいるから感情を止めてしまった。

そのまま泣いたら、まさに厄祓いができていただろう。

その時の感情はあえて言葉にするなら、
「愛しています。全身全霊で愛しています。」

だった。

いつもはコンタクトしてない一段高いところにある空気だった。

でも愛しています、これはこの大祓の時だけ降りている愛ではないようにも感じた。

いつもいつも愛していますという感じがしたからだ。

もしかして、地球意識かな。






彩雲

1日3度の食事を取ることは、主婦としたら、

食事の支度と片付けがあり、食べている時間も含めて時間がかかる。

だから何故こんなに一日中食べることに費やしているのかというのは、

なんでかなー?と謎だった。

で、実際に言葉にして言ってみたら、

なんとなく自然界が私にくれてる農産物にケチ付けてる気分になり慌てて訂正した。

食べたら実際に美味しいし、元気になるし、食べる事は楽しい。ならいいじゃない。

それは生きることが楽しくなるよう、自然界からの粋なはからいのように思う。

土地からのエンターテイメントみたいな気持ちの現れ。

生きる時に、楽しんでやんなさいと、私達に力をくれてるんだろうな。

それを大地の恵みって言うもんね。





うちで取れたカボチャとトマト