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るるる〜♪

つれづれなるままに。エッセイストの気分。

とうとう最終日。

この4日間ホテルの朝のビュッフェは、

まずいものがないかんじでした。

特に紅芋のふかしいもとバナナはおいしかった。

スクランブルエッグは、

薄い膜が何重にも重なるようなエッグでした。

皿がエッグだらけになる。

釣りをするので、朝食は少な目に。






時間どうりに8時に正面玄関で待機。

トイレに行ってもぜんぜん出ないので、

船にトイレがあるのか要確認。







船に行ったら、トイレはあるけど、

どこにあるのかわからない。。。。

操縦ハンドルのそばに下に下る階段があるんだって。

行きにくいところにあるなあ~。







さて、天気も晴れ。(午後から雨だけど)

波もないから上々です。







インストラクターの人は、たぶん20代。

日焼けして、筋肉もあって、さわやかな風貌。

かっこいい~~~。

にっこりしっかり挨拶。

でも恋人にはならないかな~っといらぬ想像。







ルアーフィッシングの仕方を習う。

それでわかったのは、

ルアーを投げて、うまいところに着水する、巻く、

この繰り返し。腕の筋肉との勝負。

巻く時に魚がかかる。

だから、投げた後5mぐらいにルアーが来たときは、

もうかからないから早く巻き取るかんじです。

(;´・ω・)汗

うまいところにルアーを着水させること、これがポイント。






インストラクターの人が投げると、

手元からぐわあーーっと上に放物線を描く。

風船が膨らむような放物線。

ふつうは半円形に丸くちゃぽんというかんじなのに、

うねりながらの飛距離がすごい。

下から登るかんじがすごい。








4時間のコースでしたが、私が投げていたのは1時間。

水深が1.8mのところ、

50mのところ、たくさんポイントを探しました。

投げて、魚にルアーだとわかられたら、

そのポイントはおしまい。

魚がこれは魚かも、と思ったら反射的に食いつくそうです。

石垣島近く、小浜島近く、小さなうさぎの島近く、

小浜島ビーチ近く、八重山諸島中心、西表島近く、

ポイントを探しました、

かえりがけに最後にラストでーすと言われたポイントで、。。。。

なんとダツという魚がルアーに。

インストラクターの人が電話で確認。

食用可能でした。

だもんで、夕食に食べよう!







つられた直後は、魚は冗談じゃなく緑でした。

緑の魚と思ったほどです。

エメラルドグリーンに輝いて、ゼーハーゼーハーしてた。

船の下の水槽に入れて、

下船の時に出して見たら青になっていました。

短時間なのですが、

死んでしまうと違う色になってしまうそうです。

ダツという魚は、漁師にサメより怖いと言われているそうです。

口先がとがって鳥のくちばしのよう。






実際食べたら、味はカマスに似ていました。

ホテルの人が、焼きと天ぷらにしてくれました。

骨と、長い口先を揚げて飾りにしてくれたのですが、

ほとんど恐竜のように見えました。






私たちのテーブルの横に、

要人がいたようで、

6人ぐらいの男性とマネージャーのような女性。

2時間ぐらい談笑していましたが、

シェフがずっと話していて、

いったい誰にサービスしているんだろうというかんじでした。

このホテルのオーナーに近い人だったのかな??





インストラクターの人が持っているダツ。


この旅は、もともとゴールデンウイークにどこ行こうか?

ということから始まり、

どうせ行くならゴールデンウイークは高いから

日程をずらそうということになり、4月のはじめになりました。





天気予報では滞在中の中3日はすべて雨でしたが、

実際行ってみたらくもりが2日、

晴れときどき雨が3日でした。

だから、展望台からのいい眺めを見れて

本当にラッキーです。






ついた日は、あの花なんだろうって、

南国ムードをかもしだしている木を見たのですが、

それは島唄にもある、でいごの花だと知ったとき、

驚きました。

葉が生えず、赤い朱色の花だけが枝に咲いています。

石垣市役場のまわりに生えているでいごを見たときは、

あまりの南国ムードにびっくりしました。

一瞬で空気を南国にさせる花です。







行程は小浜島までの行き帰りを抜かせば、

1日目 竹富島散策

2日目 小浜島と石垣島散策

3日目 小浜島周辺での釣り

となってました。

工夫した点は、石垣港を中心に、運航している定期便の船の、

3日間共通券を買ったことです。

石垣島を中心として、竹富島と小浜島を行き来できました。







定期便の船の発着所の離島ターミナルでは、

簡単な土産ものは買えるし、弁当、甘いもの、帽子も

売っています。

注目は、八重山そばや、石垣牛の料理を出す店があり、

そこは、立ち食いソバ的な食堂なのですが、

以外にしっかりしただしの香りがしておいしそうでした。

このターミナルの売店で感じたのは

店が小さい、しかし必要なものが揃う。でした。







小浜島をレンタルバイクで散策した後、

石垣市の市街地の散策です。歩いてみると、

繁華街はコンクリート打ちっぱなしのビルが多く、

沖縄本島の雰囲気とやはり同じでした。

暑い時には、ものすごく暑くなるからか、

4月でも暑いですね~的な空気がいつでもあります。

竹富町役場はがっしりした小学校のような古い建物

石垣市役所はそれよりも大きく使いやすそう。






石垣市のマーケットが2つの通りに分かれてありました。

アーケードになっています。

沖縄特産の料理店では、ヤギの刺身など、

名前を見ただけではよくわからないものが出ています。

観光客用の土産やさんが並び、紅芋タルトを売っています。

その中には中国人御用達の店の全部がピンクに装飾された店もありました。

あのセンスは中国人でしょう。とのことです。






石垣市の食べログにも出ていた居酒屋に入りました。

やはり半分以上は見ても想像ができないメニューばかり。

オリオンビールと、牛筋の煮込み、さしみの3種盛りを頼みます。

後ろに中国人がさかんに中国語で話して飲んでました。

さっきのピンク色の店の人でしょう。

中国から日本の石垣島に来て、

さあて、どうなるかわからない、、という雰囲気を

かもしだしまくっている中国人でした。

そのせいで石垣島が異国情緒たっぷりの雰囲気に。






店を出て、さっきのマーケット通りの、

地元の人が使う生鮮食品のスーパーに。

つまみを買おうとしていたのですが、

生ものしか置いてないとのこと。

石垣牛が700gぐらいで1000円でした。

居酒屋では石垣牛のステーキは100gで1400円ぐらいの値段だったのに。

マーケットでは安いです。








そんなこんなで定期便でば~~~っと25分。

小浜島に帰ってきました。

さすがにへとへとです。

部屋に帰って風呂と酒ですが、

早々に眠りにつきました。

残りもあと1日、旅の行程の半分が終わってしまいましたが、

今日も満喫~~~~。




旅の二日目は小浜島を50㏄のバイクでめぐりと石垣島散策です。

はいむるぶしの中に貸スクーターがあって、

一時間1000円で貸してくれます。

まず有名なシュガーロードを通り抜けます。

石垣島の産業はサトウキビの収穫であるらしく、

港の近くに砂糖の収穫、精製工場がありました。

細い道の両側にさとうきび畑が伸びているのですが、

たまに牛の牛舎のあるのを眺めつつ、通ります。

今気が付きましたが、もしかして牛が牛糞をしながら歩くので、

いい畑ができ、

いい砂糖が取れるのかもしれません。。。。







途中、マングローブの密生している湿地帯がありました。

湿地帯に下りる小さな階段があり、その先に

根が土の上に張り出しているマングローブが生えています。

そして、ビーチにもあったのですが、

直径1センチから6センチの丸い穴があいていて、

人間が近づくと、小さな蟹がすーーーっと巣に戻ります。

これ、蟹の穴だったんだ~。

それと、九州の天草地方の湿地帯にいるむつごろうも、

いました。出目と、魚の尻尾をもって、

湿地を飛び跳ねています。

ときどき、コツコツと音がして、

鳥がいるのかな?何がいるかわからないかんじ。

まさにジャングル。

小浜島は、西表島のとなりにあり、

この湿地帯付近は、幅2Kmのヨナラ水道をはさんで

すぐ西表島になります。

だからジャングルっぽい景観があるんですね。。







山に行く途中、浜に下りる脇道があり、

そこを行くと、海がきれいに見える放牧場がありました。








もっと行ってから大岳(うぶだけ)の展望台を探します。

展望台にバイクで行けると思ったんですが、

展望台入口に行くと、

そこからは歩きでした。

そこにギャル二人が、駆け下りてきて、

ハアハア息を切っています。

きつい!展望台5分で登れるけど、どきついです!

と通りがかりの私たちに言いつつ、かけていきました。

あはははと笑いあって、上ることに。

5分とは若者の足で登った時ということで、

私は有に20分かけて上りました。

上っても上っても階段がある。

枝葉のような緑とピンクの花が咲く、熱帯植物を越え、

上がったところに展望台がありました。

途中スキンヘッドの男性が、猛スピードで階段を上って来て、

挨拶をして行きました。

展望台に行ったら、写真を連写しているので、

登るのが早いですねと言ったら、

私マレーシア人よ、日本語わからないけど、

またね。と。

日本人かと思いましたが、

ここは外国人の方も来るんですね。

360度の景観を楽しみました。







そしてまだまだ旅は続きます。

話が長いので、いくつかに分けて投稿します。





4月のはじめに、石垣市小浜島に行ってきました。

私飛行機に乗るのは15年ぶりで、

苦節15年。。。長い間本格的な観光をしないで来ましたが、

幸運なことに日本のほぼ南西端の

沖縄本土から400キロ離れた石垣島を含む八重山諸島。

その中にある小浜島に行く機会に恵まれました。






小浜島の中にははいむるぶしと星のリゾートという

2大リゾートホテルが幅をきかせています。

はいむるぶしは私が高校生の時にできたリゾートホテル。

CMでバンバン流れていて、この天国のような島に

いつか行ってみたいと思っていました。






小浜島はリゾートホテル以外には、田畑、牛の放牧場、サトウキビ畑、

100年ぐらい前からあるような沖縄地方特有の大きな子宮型のお墓、

古い民家、たとえばちゅらさんの舞台になった家がありました。

ちゅらさんの撮影場所の家は割ときれいな沖縄特有のオレンジっぽい、

瓦屋根でしたが、それ以外の家は木でできた素朴な家も

半分以上ありました。

時折、ヤギがつながれていて、めえ~と鳴きます。

今は子ヤギが生まれたばかりの時期で、

母親やぎと子ヤギが一緒にいる風景が多かったです。

牛にも子牛が生まれていて、

親牛は人間が好奇心に満ちた目で眺めますと、

子供を守るように立っています。

小浜島ひは大岳(うぶたけ)という300mの山があります。

眺めがものすごくよかったです。








隣にある竹富島は、サンゴが隆起してできた島で平べったい島です。

島の道はすべて白いサンゴが砕かれたきれいな白い道でした。

白いじゃりじゃりの道を自転車で巡って行くと、

民家には、大きめの白いサンゴを重ねた家垣がありました。

たまに崩れている家垣があったので覗いたら、

コンクリートなどは間になく、簡単な作りの家垣です。

自然のままにあるもので生活をしていく。

それが田舎の生活なんだと感じます。

それと白い家垣と黒い家垣があって、白いのはきれいだけど、

黒いのは地味だな~と見ていたら、

どうやら、白いサンゴが自然に黒くなっていって、

黒くなっているようでした。

何十年かでサンゴが白から黒になって、

背景にとけこむように地味~になっていくんだと思ったら、

こんなにきれいな生垣が地味になっていくことに

さみしさを感じました。

時が過ぎるということはこういうことですね。




古い船付場の西桟橋は、ものすごく浅瀬が広がり、

薄い水色と、白いサンゴ礁、それと岩の黄土色が視界に

どこまでも続く場所でした。

足元にはウミウシと、たまに蟹が歩いています。







竹富島の名所のひとつに、美女で有名なクヤマという人の、

生家がありました。さびれた家がありましたが。

そこにいた売店のお姉さん推定49歳はクヤマ?

と聞きたくなるような、地元の美人でした。

(目が大きくて、素朴で、前髪をセンターで分けていて髪が長い。)

生家はずいぶん新しいですね?と聞いたら、

100年前に建てらてます、

クヤマは300年ぐらい前の江戸時代に生きた人だから、

もっとずっと前のことです、と。

そしてここが驚いたのですが、そのお姉さんが子供の時には、

このへんの家の屋根は、まだわらぶき屋根だったそうです。

このへんの瓦屋根は全部100年前に新しく建てられたものです、と。

いうのです。

ほお~。

じゃあこのへんの家の風景は今と全然違ってたんですね。。。

まるで南洋の島のような?。。。







そのほかにも民家以外にはとオンと呼ばれる本土で言えば神社に当たる

聖域があります。

観光客用にお参りは特にしないでくださいと看板にありましたが、

神様にお参りしたくて行ってきました。

小学校の前にあったからか、とても明るい印象のオン。

鳥居をくぐるとジャングルにしかない木がうっそうと生え、

暗いです。

参道が終わると、いきなり本殿。

本殿は屋根はあるけど何もない空間で、

本殿の奥には何か祈りの場のような場所がありました。

失礼がないようにゆっくりと歩いて、祈りました。

神と人のための場所。

いきなり自分と対面するしかない、

神様は、自分の内部にいるというような。

祈りとは自分の内部に祈ることであるような。

そんなかんじでした。











牛車が、20人ほどの人間と乗り物を一緒に運んでいて、

たくさんの人が訪れる竹富島。

石垣島には羽田からの直行便ができて二年だそうですが、

この竹富島にもどんどん人が来ると思いますが、

好奇心だけでここの生活を見ることをせず、

ここの生活を尊重し、邪魔をしない。

その気持ちが大事だとそう思いました。

小浜島の第一日目はこんなかんじで進みました。
断層の上に建つ七沢荘という温泉宿の立ち寄り湯に行ってきました。

0磁場とはS極にあたる磁極と、N極に当たる磁極が隣り合っているため、

SでもNでもない場所だそうです。




宿の湯はいままで入ったどの温泉より、

ねっとりした湯でした。

硫黄成分が多いという印象。

温泉施設としては、ローマの石造のようなオブジェや、

現代アートが混在していて、

見るからに変な雰囲気です。

あとは、温泉地特有で脱衣所は広めです。





七沢荘のまわりには巨石がある場所もあるそうですが、

宿の中にも元気の広場という、

巨石を置いた元気の庭という庭があります。





その広場でその場の空気を吸って

雨の中しばらく休んでいました。

まるで時が止まったような感じです。





なつかしいような雰囲気とも似ていますが、

少し違って、

止まっているようなというかんじです。

何かを思い出させるような、

ここであり、ここでないような。

どこでもないような、桃源郷のような雰囲気もします。







0磁場といえば中央構造線上も0磁場だそうです。

インスラメント36というサイトから引用しますが、

0磁場は何かに守られているような安心感で満たされることが

があるとのこと。


さらに「見えないもの」を科学する(サンマーク出版)の中で、

0磁場に以下の仮設をたてており、

"0磁場は私たちが住む世界と、より高次元な世界との接点であり、

そのような場所にはある種のエネルギーが生じている"というものです。

私たちは「縦・横・高さ」の三次元の世界に住んでいます。

そしてこれに「時間」を加えた四次元の世界の法則に則って生きていますが、

これよりさらに高次元の世界があり、

ゼロ磁場はそことのアクセスポイントになっていると、佐々木先生は語ります。

そしてゼロ磁場には、より高次元の世界からエネルギーが注がれていると、

仮説を立てられているのです。

=引用ここまで。









なるほど~。

高次の世界ってこんな雰囲気なのでしょうかね。?!

先日は珍しくパワースポットに行ったのですが、

またそのような場所に行ったら、

忘れないように記事を書いていこうと思います。

特に生まれた場所のそばにある神社や、

今住んでいるそばの神社は自分にとっての

パワースポットだそうで、今度行ってみたいと思っています。

1/19に放送された深イイ話は「生き方のソムリエたち」として、

美食家たちは本当に幸せなのか?を見る番組でした。





美食家って何者?とみていたが、

最初の宝塚ジェンヌは自分のいきつけのレストランで

おいしいものをこれでもかと食べつくしていた。

歌と踊りを極めて、いい給料をもらって、

ファンから高級品をもらい、日常的に高級食材を食べる。

よくありそうですなあ。

有名人になった人の現実ってこういうものだと思いました。





二番目は和のコーディネーターという人、

銀座にある割烹料亭で

一緒に食事をしに呼ばれた漫才師を

マナーがなってないとこっぴどくこき下ろす面白いひと。

でもそのあと食事を作ってスタッフをもてなしていた。

アボカドのグラタンなど、おいしそう。

人から出されたものを食べるだけでなく、

作ることができて美食家だよというかんじです。

銀座にある割烹料亭の料理は、

おいしい店として紹介されている料理番組の店よりもよっぽど

おいしそうだった。今まで見た料理の中で一番そそられた。

料理が美しい!






三番目はワインコンサルタント。

世界中のワインを自分で飲んで、レストランなどに紹介するのかもれない。

ワイン酒造でバイヤー用に用意された極上の食事を、

無料でもてなされていた。

ワインはヨーロッパの金持ちの象徴だと思う。

そのワインに合う食事は

見るだけでも一流ですた。

肉のレア加減、料理の完成度がすごい。

ワイナリーに行くたびにへろへろになって

酔い止めを飲むほど。

そんな仕事ってあるんだ?!と思ったほどです。

すごいなあ。

好きなワインや食事を仕事として摂れる、

そんなことってできるんだな。

めくるめく仕事のコレクション具合!

そんな仕事に巡り合うことがあるんだな。。と

私は驚いていた。







食の極み!とでもいうほどの

おいしい食事をしている人がいる。

極めるってこういうことを言うのね。

私なんか冬には蟹を食べたい!と思っているのに、

食べたかな?。。缶詰は2つあるけどさ。。

でもどちらかというと、

こういった食事とともに、

極上の愛がそばにあることが、

美食家の本当の幸せではないだろうかと少し思った。
そろそろクリスマスと師走が来る忙しい毎日ですが、

パン屋でのできごと。

このブログでも何回も出てきたひとみちゃんですが、

彼女は、

人の2~3倍ものスピード感で仕事をやり、

なんでも私に任せてくださいと働く人で、

(一緒に仕事する人からするとやりにくい時もあるのだが)

日々やる仕事のスピードを上げ、

一人分に取ってある時間の3時間前に上がる人だ。







でもどんなにここで頑張っても

ここではたかが知れていると常々私は思っていた。

そしたら、彼女が引越しするからやめますと言ってきた。

1月末に辞めることになった。

人数の少ないこのパン屋で、

一人抜けるとは大きなことだ。






いろいろ聞いたら、夫の仕事の通勤に、

2時間以上かかるのを減らすため、都内に引っ越したいとのこと。

またその、給料の少ない夫のことが原因?と興奮しかけたけど。

その裏に彼女の野望があるのを知った。

今日話していたら、六本木ヒルズに住みたいとのこと。

ぶっ

あまりにもわかりやすい金持ちの象徴だ。。。。

彼女は四国の片田舎から来た人で、

都会の生活にあこがれている。

それでいつかは六本木ヒルズに住みたいと思うのは、

わかりやすいっていうほどわかりやすい。







でもそのためにどのぐらい稼ぐ必要がある?

と聞いたら、1億ぐらい稼ぎたいとのこと。

へえ、それで?

私の質問にこう答えた。

口コミで化粧品を買ってもらうビジネスがあるんです。

夫がそれをやっているので、

私もそれをやるつもりです。

本も何冊も読み始めています。










あそう。

私だってビジネスを立ち上げてうまく稼ぎたいという野望はあるんだけどね。

でもひとみちゃんもうまくいけばいいね。

私だってアフィリエイトとか、ドロップシッピングとかやって、

そのむずかしさを知ってはいる。

その中で確かに砂の一粒ぐらいの人は、

成功の法則を見つけて、年収1000万の人がいるんだけどね。

だけど1億!!!???えっ

すごい野望だな。








でも人生何があるかわからないし、

本当に望んだことはかなうのが、

この世の法則だし。

その願いがうまくいって叶うことも、あるかもしれない。









六本木ヒルズに住めたら、遊びに行かせてね。

私は大真面目にそう約束した。

そうして何年か後に、六本木ヒルズではないにしても、

都内の一等地に住む彼女の家に、

もし招待されたらそれは楽しそうだな。



























パンを作る仕事をしていると、

水や温度の高い湯で手が荒れやすい。

このところの毎年の恒例として、

指の先がなぜか切れるひび割れに悩んでいた。



知恵袋とか、テレビの情報を見て、

探していたが、数年前に馬油(ばーゆ)がいいと知り、

手につけたら傷が治り、一日で傷みが消えた。

わーい。



ピキって切れていた爪と指の間が、

うるおってくっついてしまった。

説明書を見て、皮膚の潤いを助けますとあったので、

ためしに目の下に塗ってみた。

わお!

つけた直後は油的な雰囲気はするものの、

2,3分でさらっとしっとりに変わる。

次の日は幾分おちつくものの、まだまだ潤ってる。

目の下のしわも解決しました。





それで、足の裏のかかとの超ガサガサ地帯にも塗ったら、

一日で半分ぐらいは治ってました。

数日続けたらつるつるになりそうです。




馬油は冬の必須アイテムになりそうです。

少しクリームのハンドクリームよりお高いけど、

馬油100%の馬油は便利なり。







お気に入りのGパンのボタンをとめる部分が、

ぼろぼろになってきて、太ったのかな?と思ったけど、

25年も履いてるから当たり前だった~。

そのGパンは、短大生の時のバイト仲間のきれいな子から、

お気に入りのブランドを教えてもらって、

買った、少し高めのGパンだった。シピーっていう。

お気に入りだったのに。。。

25年前っていうとちょうど20歳のころなんですけど。。

1/4世紀前ってことだ。



20歳の女子短大生が、45のおばさんになるまで、

結構長い人生があるもんだけどなあ。

物と言えば、、人生で本当につらいときに、

物だけは、忠実に自分を支えてくれている

と思うことがあった。

。。

そんなときは思いっきり物に感謝する。






私の人生で一番長寿の物はなんだろう。

幼稚園の時に、幼稚園が何周年かのお祝いで、

アルプスの少女ハイジの絵皿をくれたことがあった。

それは4歳か5歳でもらったから、皿は40歳だ。

ベスト長寿はその皿だな。





その皿をもらった時は

「こんなかわいい、いい物を私がもらってもいいのなのであろうか!!!!!」

と思ったことを覚えている。

自分が好きな物を持つという体験を、

如実に覚えているのが、その皿なのだ。

だから今でも大切にその皿を使っている。

幼稚園の思い出を大切にしながら。





今日はユニクロのGパンや、羽毛入りジャンパーを買ったけど、

この物たちは、25年も私のそばにいる物たちなのだろうか?!!

そうであったらいいのだけれど。
私は外国に興味があるほうだと思う。

たとえば、今まで外国と接点があったことを思い出してみよう。


小学生の時、フランスから帰国子女が転校してきた。

その子と一言二言話したっけ。


箱根を家族と旅行してたら、ドイツの家族が旅行していた。

私は外国人が珍しくて、

自分用に買っていた竹細工の鳥の笛をプレゼントした。


私が33歳の時に、会社に韓国の人が入ってきた。

片言の言葉を話すけど、たぶん日本語はうまいほうだった。

友達になったけど、40歳の時に喧嘩してそれっきり。


派遣で超一流会社で働いていた時に、目の前に中国人が座っていたことがあった。

日本の人が慇懃無礼にする姿を見て、形だけを真似している人だった。


バイトで入った楽天ショップの会社には、中国にクッションの外注を出していた。

やりとりするために中国人がいて、中国語を話していた。

香港の実家では麻婆豆腐は食べないと言っていた。

肉がメインでない料理をメイン料理にすることはないんだと。。

なるほど。


27歳のときに社員旅行で台湾に行った。

バスから、横断歩道にいる人たちにバイバイと手を振ったら、

そこらじゅうにいた台湾人が手を振ってくれて焦ったことがあった。

また、台湾の神社にお参りしていたら、

おそらく日本に縁のあったおじいさんが、

片言の日本語で話しかけてきたことがあった。

これは、こう持ちます。こうやってお祈りします。。。

その感激した物の言い方は、その台湾の人が、

人生の重要な時に日本に感銘を受けていたと、

流暢で親切な日本語から感じ取れた。

戦争という歴史を少し感じ取れる気がした。



30歳のときロンドンに行った。一週間。

オックスフォードの石畳を見るオプショナルツアーに行った。

飛行場のポーターの荷物持ちの男の子が、親切にしてくれた。

日本人はそんなに歓迎されていない雰囲気がした。


ピグならぬピコというサービスが数年前にあって、今はなくなったが、

そこで少し外国の人とお話することがあった。

本当に中学生のような英語でお話を必死にしていました。


まあ、そんなところかな。

最近は外国の歌が気になって、和訳を検索したり、

歌を楽しむことぐらいの接点しかない。


でもうちのおばあちゃんは、戦争が終わるまでの数年間、

今の韓国あたりで暮らしていたと言っていた。

案外外国が身近な家族がいるってことだ。



私は文化と文化の境目がどのように緩和して混ざっていくかに、

興味がある。

異なるものと異なるものがその共通点と相違点を超えて、

認識されあっていくには、どうしたらいいのだろうか。

もしそんな時があったら協力をしたいなとも思うのですが。

すらすらと英語を話してみたいとは思います。