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るるる〜♪

つれづれなるままに。エッセイストの気分。

東京の田舎に住んでいるときに、

自家製麺でラーメンを出している所があった。

そこのラーメンはとても美味しかったから、

席に座る時から客がうまいものを食べるんだー

という気迫に満ち満ちていた。

チェーン店で食べるのとは違い、作る方も食べる方も

美味しさを追求したい気持ちで独特の雰囲気を持つ。

その店は竹の助と言い食べログのポイントは3.58だった。

変わって松本市、小さな駅から徒歩20分のきまはち商店は、

田舎に珍しく3.51を取っていた。

丸坊主のがたいの大きな人がたまに顔をだす。

この人がこの味を作ってるんだな。

美味しさは田舎も都会も違いがない。



ただ、来てる客が面白い、

母親、息子夫婦で来店し、

怒ったような顔をして黙々と食べている。

ここの店は替え玉が10円なので、

替え玉1つ!と頼む時だけ声を出した。

ビジネス上の関係で黙りがちなのかとチラ見したら、

こんな親子連れで黙々と食べている。

美味しい店に来るのが目的なのか、怒った顔が毎度のことなのか、

わからないが美味しい店には真剣モードの人が多い。




諏訪大社やその辺りの神社をお参りすると、

建御名方(タケミナカタ)という神の名前が祭られている。

この神の父は、大国主または、大己貴命(おおなむち)と呼ばれている、

出雲に祭られた神。母は奴奈川姫(ぬながわひめ)で、

糸魚川沿いに祭られている神様です。


つまり、その父と母を持つタケミナカタは、

出雲や糸魚川に縁があり、大国主や奴奈川姫に、

近い神様ということになる。

別の神として天津の神という流れがあり、

アマテラスや、猿田彦、スサノオ、猿女の命、

ヤマトタケル、などの神達で、

違う流れの神話の神であるらしく、

元からあったのは出雲の神、

次に来たのが天津の神達だったらしい。

以前も書いたように、これは神が日本に伝来した流れを

理解する以上のものではないのだが。



出雲の神の流れには

蛇を意味する名前がたくさん出て来るらしい。

おおなむち、ぬながわひめ、いずれもそうらしい。

本によるとその描写部分はワニであり、蛇であり

要するに龍みたいなものだということなんです。

中国を表すのに、中国四千年の歴史という言葉や、

龍が想像されやすいのですが、

そこにもワニだとか海ヘビなどの伝説を見ることが有るらしい。

日本の神に龍神を類推させる由来があったということなんです。



梅雨の時期に、卵から孵った幼鳥が、

家の横の草むらに落ちていたので、

!?元に戻してやらないとと、

巣の場所を探したけど、みつけられず、

まじまじと小さな鳥を見た。

鷲と同じ肉食で猛禽類の、笑ったような、

口のはしがキュッと上に向かったくちばしを持っている。

あとで調べたら百舌鳥だった。

その鳥は近づく大きな人間の私に怯えるふうでもなく。

その笑った口もとを揺らしもせずに、

じっと静かにしている。





幼鳥にして、大人な佇まい。




親鳥がギャーギャー鳴くし、どうにかなるだろうと立ち去った。

心配していたら、

ちょこんとした小さな小鳥は、

なんとすでに小さな羽であちこちに飛んでいるよう。

2階に住んでる私の家の立ち木のてっぺんに姿を現した。

まるで、ぼく、飛べるし元気だよと言ってるみたい。

1分ぐらい姿を見せて飛び去って行った。




それから巣立つまでの間、

皿洗い中に姿を現したりしていたが、

とうとう知らぬ間に巣立っていった。




茶色の頭と目に黒いラインを持つそのオスの百舌鳥が

20cmぐらいにすっかり大きくなって、

リビングの窓先の電線に止まりに来た。

やはりこちらを見て二分ぐらいいる。



モズちゃん!

と、その鳥を見る度に喜んでアピールしてきたので、

百舌鳥も私のことを覚えていたのかもしれない。

本当に私を覚えていて、

顔を見に来たのだとしたら、すごいなあ。



今回の寒い寒波を生きていくのは、

大変なんだぜい、

などと話に来たのかな。

諏訪の本を一度読んだ。

 

諏訪にはたくさんの神が伝承として通過していき、

 

地域に残ったものが今も石の像や、祭りや、

 

神社の名前、祭神として残っている。

 

 

 

例えば白髭神社という名称の神社があるが、

 

昔話を聞くとき、道に迷った旅人や、

 

困っている善人をひっそりと助けてくれる仙人がいるが、

 

白髪と白鬚と長い着物の衣装を着た人物。

 

この仙人のような人は実は神様であり、

 

白髭、白羽、そのような好々爺を祭るための神社が

 

白という名前が頭についた神社で祭られていると

 

読んだ本に書いてあった。

 

なるほど私は日本昔話を昔アニメで見た時に、

 

仙人のおじいさんが出てきたときには、

 

これで村人が助かるんだ~と、

 

トリックスターとして仙人を歓迎したものですが、

 

私達の中に仙人のよううな人物といのが神様であると、

 

確かに認識的なものがあるのに気が付いた。

 

 

 

 

 

またそれとは違って、私の情報源としてはブログがあるのですが。

 

昔日本の神話の世界では、

 

岩船、は飛行機であり、

 

世界のいろいろな場所を訪れたそうで。

 

岩船と名前のつく遺跡で有名なものに奈良の「益田岩船」があります。

 

神がその岩船を降りるときに白髭?のような

 

白い縄を伝って降りたそうです。

 

昔の人は、白い縄も天のものとして敬い、

 

神社で縄自体を祭ったのであろうと、

 

書いてあるブログの記事を読んだ。

 

諸説あるもんだ。

 

 

 

何が正しいとかいうのなしにしても

 

本を読んで気にになったものを

 

少しづつ紹介して行こうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪と伊勢神宮が案外近い神へのお祭りの仕方だと

御柱を例にして前回の投稿で言いましたが、

伊勢神宮と諏訪がどう違うかというと、

神が天から降りてきたいわゆる

古事記や日本書紀の神が伊勢神宮の流れであり、

諏訪の神は、石や木に宿るとされる自然の神を祭り、

聖書にあるモーゼとヤハウェとの契約の神事や

人間の性を生と死のシステムの現れとして神聖視する

シャクジの神を祭り、

穴を龍の住処とし、龍を神聖視し、

神官が龍に近づき親しむ信仰を持つ信仰がある。

様々な神が信仰された場所が諏訪だとわかりました。

自然と龍を神として祭る諏訪と、アマテラスを祭る伊勢神宮。

以前見た御柱のテレビで言っていたように神の伝来の

流れを表しているようにも思いますが、

しかし何故神の祭り方が同じという

謎が残ります。


諏訪の御柱が龍を表すことと

神の依り代として御柱が存在することが、

解釈を難しくしている気がします。

自然の神に語りかけることで神から神託をもらい

主にシャーマンとしての方法があったと考えれば

諏訪や伊勢神宮に残るのは、古代の信仰がそのまま

残っていることになります。




調べている時にいろいろなブログを読みほかにも

気になることがありましたので次回に続く。

しかし知識としてよりもまだ先に、

何よりも大事なのは神社に実際に行くことが、

大事ですね。


用事で図書館に行って、

一緒に借りた本の中に面白い情報が入っていることがある。




諏訪の御柱祭は、有名で、

今年は7年に一度開催された年だった。

それで、御柱を諏訪大社の4隅に建てるそうだ。




その御柱の立て方は、伊勢神宮外宮、

内宮の地下に建てられる御柱と、

流儀や方法が同じなんだって書いてあった。

一方は秘儀として、

一方は祭りとして今も受け継がれている。

そういえば、昨日やっていたテレビ番組のぶっちゃけ寺では、

伊勢神宮特集をやっていて、神官が言うには、

式年遷宮をして本殿を建て替えるときに、

御柱を立てるのですが、その場所に雨風をしのげる屋根をつけている

と解説していた。




御柱とは、本当に大事なところだと思うが。

それをテレビで言ってしまうんだなと思った。

今はオープンな時代のようだ。





大きな岩や巨木、そういう自然界のものに、

神は宿ることがある、と

長田朋子さんの本に書いてあったように思う。

神社に巨木が多いこと、

大きな巨石がご神体になった神社があることを思うと、

そういうこともあるんだなと思った。





諏訪大社の御柱祭は、そこに神が宿るようにと、

守ってくださいという願いの祭りなのかと思ったけど、

もう少し本を読んでみたら面白いことがわかるかもしれない。





叔父と叔母はバス会社のバスガイドと運転手だった。

昔のバスには、運転手とかばんを持った車掌がいて、

切符を切っていたらしい。

その社内恋愛だった。

今では自動化が進み、バスの表示には

ワンマンバスとあるが、

その頃はワンマンではなかったということだろうな。



小学生の時いつも、叔父と叔母の家に行くと、

お腹すいてないか?と聞かれた。

すいてない!と答えても、何かを作ってくれた。

例えば、ミルクたっぷりのコーヒー牛乳とか、

ペヤングソースヤキソバとか。

カップヤキソバを、

「これはおいしいぞ~。」と言われはじめて食べた。

それ以来、今でもペヤングは特においしいカップ麺だ。





もう70過ぎの叔母が、ご飯を作ると叔父はなんでも

うまいと言うそうだ。

叔母が言うにはまずくてもうまいと言う。

一見うれしいことのように思うが、

実はまずい場合があるから、

嘘ついてる!と思うそうで、、

うまいと言っとけば丸くおさまると思う叔父と、

信頼したいから言ってほしいという叔母の違いだ。






だから嘘つきなのよ。

なんでもうまいと言ってくれるのは一見のろけでもあり、

叔母には小さな(大きな)失望でもあるんだなと、

その妙な空気感を思った。




長野県にある分杭峠は、0磁場で有名です。

中央構造線という日本を縦断する断層のちょうど

中間にある。

日本の左右上下の中間で、日本のへそのような場所です。

その分杭峠のパワースポットに行ってきたら、

なんか手がぴりぴりした。

でもパワースポットなどと言うが、

その場所にそれ以上のパワーがあるのかはわからない。

アップされている0磁場のホームページには、

オーラやオーブが写っていますが。。

例えばS極N極が計れないのは地盤を一枚の磁石としたら、

地面のへりに磁力が発生しているのかもしれないとは

思いますが。




少し気になったのは、

分杭峠の周辺はほとんど切り立つ崖で、

木や石や土が崩れる寸前になっていることで、

その木や石が、

(もうすぐ倒れます~)

(でも精一杯生きてます~)

みたいな雰囲気を出していることだ。

だから一種独特の雰囲気があることが特徴ではあると

思います。

そして近所の断層に行ってみたら、

またしてもぴりぴりはする。

この断層は活断層なのかな~?





熊本地震と5月中旬にあった茨城の地震は、

中央構造線上のはじとはじで起こっているので、

中央構造線には注目しているのですが。

構造線というのは、

わかりやすく言うと、地震でできた段々です。

AとBと違う地盤があったら、力の強さの差が、

ある地点に断をつくります。

それが、地盤の端の線に沿って盛り上がりや、

裂けや断になっているのが断層です。

熊本地震でも断層や地図上に断層の線はないけど、

観測されてない元々存在していた断層10k四方に、

震度6などの大きな地震が来ていた。

つまり、断層のへりや、

一度割れてしまった断層は揺れやすいのですのです。



だから断層のそばには住まないことをおすすめします。

熊本の地震発生地図で見たのですが、

10k離れることがいいです。

しかし山間部の平野にできた場所に住む人は、

そんなことを言ってられない。

市の出すハザードマップにもある断層の上に、

住宅が立ち並ぶ。

これから住むところを決められる人は、

断層を避けて住んだほうがいいですね。ね。




私はあと3年半したらアラフィフになるが、

子供はいないのですが、

仕事で、大学生1年生と一緒に働いているので

自分に子供がいたらこのくらい?。。。

と考えることがある。





大学生と言えば、大学受験があり、

戦いのように勉強をしていたろうから、

生涯的に1番頭いい時期になり、

実感するけど、覚えがすごくいい。
 
研修があり、一度説明されたらできている。





私なんて、ぺーぺーなのだが、

経験のある私より大学生の方が覚えている。

べつに私がどうかってのは関係なくとも

若さってのは、

真面目で、律儀で、古きよき日本人みたいな感じなのだろう。

私が23歳の時、後から入ってきた女性社員に、

いびられるという経験をした。

私は事務職で、彼女はDTPという簡易印刷の

オペレーションをしていた。

私はその職種に着きたくて、会社に打診をしていた。

私は月に一度の月刊小冊誌を発送のために、

名前シールを貼り、郵便局に持って行けば、

暇なものだった。






彼女は自分の机に、バンッと処理したプリントを

ぶったたき、

「○○はどうしたの? やったの?」

と言い、

「やったけど途中だよ」

と答えると、

「ならいいけど!」

などと相当上から目線から物を言い、

見下し加減が半端なかった。






ある時年頃の若い男性が入社してきて、

私の隣に座った。

しばらくしてから

なんかよく話かけられると思ったら

案に仲よくやろう?みたいな

社員にしては近づきすぎる態度できたので、

私は全く好みでなかった彼に、

話の途中でわざとわかるように

ごめんごめんと何回も言って暗に断ったこともあった。





その男性をあの彼女が目をつけていることは

目にもよくわかる態度だった、

いびられているわたしは、

笑うしかないというか、

あらあら、、、、しーん。

というかんじだった。。





しかし飲み会やカラオケ、社員旅行などでほどなく、

二人はくっついた。

仕事中も二人しかしらないことであうんの話、

カラオケに行けば二人で歌う。





それで、とうとう彼女はあるとき会社を辞める。

上司とその彼女が、辞めることについて、

電話でけたたましく話ているのが聞こえる。

上司が部署のみんなにそのことで話があり。

なんと会社を辞めるのは、彼の子供ができたから

だと。

へんなやめ方だな。

子供を生むために一本の電話で会社を

辞めてしまった。

一ヶ月の猶予もなく。





彼はその席にいて話を聞いている。

彼女は、仕事でもけたたましく、

仕事中に社内恋愛し、

子供をつくり会社を辞めてしまった。

なんとも人騒がせな人だった。

私は今まで生きてきて、

このタイプ(自分の思いどおりにしてゆく人)を

数人見たことがあるが、

彼女のことは今でも何故あんなんだったんだろうと、

思い出すのだ。







ほどなくして私も会社を辞めることになった。

DTPで転職できたからだった。

その時あの彼が、一度会社のドアを出たが挨拶しに

戻ってきて。

挨拶せずにゴミ箱のゴミを集めていた。

私は意図がわかって

「斉藤さん、何してるの?」と聞いた

彼はその時彼女寄りになっていて、

挨拶しに戻ってきたと見せかけて

ゴミを集める嫌みをしていた。

でも、私はこの人や彼女に、本当に何にも意地悪せずに

ただ働いていただけなんだけど。

好きな仕事につく私に嫌みの一つを言いたい彼。

植物みたいにただ優しい人だったのに、

彼女寄りになっていて意地悪になっていたのだ。




私はこの人達は一体何だったのかと、のかと、

今でも思い出すのだ。