仕事先のシフトが少し変わり、
お休みが少しだけ多いるうです。
しかしこの休みはぐったりして、
眠ってばかりいます!
どうにかしてちょーーー!
さてさて本題へ
結婚式の誓いで、生きている間中は、
この人を愛しますか?みたいな文が出てくる。
私たち人間は、生きる限界としての年数が100年前後だから、
永遠に愛するとしても最短で100年。
(死んだ後も愛するとしたらそれ以上ですが。)
だからこそ、100年以上続くものにあこがれがある。
たとえば身近な植物。
植物については、
人間というよりかは地球に近い存在ですが、
人間より永遠に近いです。、
手元に書き写した詩を紹介します。
みなとみらい駅の上部にある詩から引用
樹木は育成することのない無限の芽を生み、
根を張り、枝を広げて
固体と種の保存にありあまるほどの養分を吸収する。
使うことも、享受することもなくそれを自然に還すが、
動物は自然から得た養分を自由で嬉々とした自らの運動に使用する。
このように植物はその初源から
生命の無限の展開にむけての序曲を奏でている。
物質としての束縛をすこしづつ断ち切り、
やがて自らの姿を自由にかえてゆくのである。
フリードリッヒ・オプシラー
動けない植物に自由がないと思う人間ですが、
実は、そうではない。
植物の進化の途上で、
いるものいらないもの、
いろんな道を模索しながら、
植物のできることを繰り返し、
ためしているんだよと、
言われているみたいな詩。
なにより、そういったものの無限性にあこがれます。