僕はそう思う。
言い方を変えると
人生の難易度は顔で決まる。
容姿の良い人ほど得をし、不細工ほど損をする。
と言える。
そして僕の顔はお世辞にも良いとは言えない。
不細工だ。
そして顔が悪いということが原因で人生でたくさん損をしてきたし、嫌な思いをしてきた。
ほんの一例を紹介する。
・小学校の頃、クラスの女子が3人ほどで話をしていて聞こえてきた。
「◯◯(僕の苗字)君ってないよね~」
「だよね~」
と言われた。
話したこともないのになぜそんなことを言われないといけないのか。
・中学校1年生の頃
大掃除の時間、僕は仲の良い佐藤君とゴミ出しをした。
量が多く疲れたので校庭で少し休憩をしていた。
そこに上級生が来て
「おい!てめぇ!何やってんだ!座ってんじゃねえよ!」
と言われた。
怒られたと思った僕たちは急いで立って掃除に戻ろうとした。
するとその上級生は
「佐藤君はいいよ。座っててね」
と言ったのだ・
僕は納得できなかった。
同じ行動をしていた僕らなのになぜ自分だけ怒られないといけないのだ。
僕と佐藤くんの違い。佐藤くんは容姿が良かった。
上級生でも知っているぐらい可愛いくて知名度の高いやつだったのだ。
・入社時
他の社員に一人ずつ挨拶をして回っていた。
山田という先輩社員に、「お前、何歳?」
ニヤニヤした顔でいわれた。
「22歳です」
「ちょっとこっちこい」と言われ、別の社員の人のところにつれていかれた。
そして「斉藤さん、こいつ22歳らしいですよ~。見えませんよね~ 」
と言われたのだ。
僕はその場は笑って過ごした。
なんぜ初対面の相手にそんなことを言われないといけないのだ。
思い出すだけで腹が立つ。
僕は顔にコンプレックスを持っている。
僕は容姿が悪いことでたくさんの人に嫌なことを言われてきたし、それを気にして傷ついてきた。
そして人を嫌いになったし、他人を信用していない。
人とはあまり関わりたくないと思うし、そうすることでコミュニケーションを取る機会も減る。
自身のコミュ力は成長しないと言う負の連鎖に陥っていると僕は思う。
人と関わるから傷つくのだから、関わらなければいいという考えだ。
では逆に容姿が人並み~それ以上であればどうだろう。
顔のことで嫌な思いをすることは減る。
チヤホヤされる人は、人と関わるのが楽しいと感じるだろう。
そうではなくても人並みの扱いを受けれる人もいる。十分だと思う。
これなら人と関わるのが嫌にならず、人とコミュニケーションを取ることが億劫にならない。
決定的な差だ。
恋愛に関して顔は絶対的なステータスだ。
就職に関しても顔が良いと有利だ。
容姿の良い人ほど出世しやすいという統計もある。
対人のストレスも容姿が良い人ほど少ないだろう。
世の中は顔なのだ。
容姿の良いというのは優れた能力であると僕は思う。
そして僕は客観的に見て明らかに容姿が悪い。
これが現実だ。
父親同様、僕は母親も尊敬できない。
ただ、父親ほど嫌いではない。
理由は
①頭の回転が遅い。説明が下手
②不細工
③収入がない
④すぐ他人に頼る
⑤僕らの子育てをほぼ放棄した
である。
①について
そのままの意味である。
実例としては
・母親が説明をしようとしても、「あれが~あれで~」と何を言っているかわからないし、
説明を聞いても意味がわからない。
・僕が小学校の頃、母親と将棋をした。
お互いルールを知っている程度だ。
母はずっと長考をするのだ。
悩む場面でもないのに考える
小学生の僕ですら頭の回転が遅いと思った。
②について
スタイルも悪く顔も不細工だ。
以前、クラスメイトに「お前の母ちゃん、◯◯◯(不細工な芸能人)に似てるな」と言われたことがある。
③について
母は自営業をやっている。
といっても一人でやっている。
しかし収入は0円だ。
もう何年も0円だ。
儲かっていなのだ。
僕が気に入らないのは、自営業を廃業にしてパートにでも出たほうが儲かるのに、それをしないことだ。
④について
例を上げると、パソコンの修理、メールの印刷、ファイルの保存を良く頼んでくる。
毎度だ。
覚える気がないのか、頭が悪すぎて覚えれないのかはわからない。
メール関連は仕事のことだ。
メールもまともに使えないのにメールで仕事をやろうとすることが僕は間違っていると思う。
⑤について
僕が生まれてからも母は自営業を続けた。
毎日職場に行き、子供(僕と弟)は父方の祖父母に任せっきりだった。
あの最悪な父親を育てた祖父母である。
僕が母親の立場だったら絶対に預けない。
そして土曜日も仕事をしていた。
利益すらろくに上げてないのに子育てをせず仕事をしていた。
日曜日も家にいた記憶はあまりない。
僕はこのことが許せない。
子供の頃の僕は、もっと母親と一緒にいたかった。
他にもあるが今回は割愛する。
これが僕が母親を尊敬できない理由であり、見下している理由だ。
顔も悪ければ、頭も悪く、収入も低く、子育てもろくにせず、親としての役割を果たしているとは思えない。
僕はこの家に生まれたことを不幸だと思っている。
ただ、父親ほど嫌いではない。
理由は
①頭の回転が遅い。説明が下手
②不細工
③収入がない
④すぐ他人に頼る
⑤僕らの子育てをほぼ放棄した
である。
①について
そのままの意味である。
実例としては
・母親が説明をしようとしても、「あれが~あれで~」と何を言っているかわからないし、
説明を聞いても意味がわからない。
・僕が小学校の頃、母親と将棋をした。
お互いルールを知っている程度だ。
母はずっと長考をするのだ。
悩む場面でもないのに考える
小学生の僕ですら頭の回転が遅いと思った。
②について
スタイルも悪く顔も不細工だ。
以前、クラスメイトに「お前の母ちゃん、◯◯◯(不細工な芸能人)に似てるな」と言われたことがある。
③について
母は自営業をやっている。
といっても一人でやっている。
しかし収入は0円だ。
もう何年も0円だ。
儲かっていなのだ。
僕が気に入らないのは、自営業を廃業にしてパートにでも出たほうが儲かるのに、それをしないことだ。
④について
例を上げると、パソコンの修理、メールの印刷、ファイルの保存を良く頼んでくる。
毎度だ。
覚える気がないのか、頭が悪すぎて覚えれないのかはわからない。
メール関連は仕事のことだ。
メールもまともに使えないのにメールで仕事をやろうとすることが僕は間違っていると思う。
⑤について
僕が生まれてからも母は自営業を続けた。
毎日職場に行き、子供(僕と弟)は父方の祖父母に任せっきりだった。
あの最悪な父親を育てた祖父母である。
僕が母親の立場だったら絶対に預けない。
そして土曜日も仕事をしていた。
利益すらろくに上げてないのに子育てをせず仕事をしていた。
日曜日も家にいた記憶はあまりない。
僕はこのことが許せない。
子供の頃の僕は、もっと母親と一緒にいたかった。
他にもあるが今回は割愛する。
これが僕が母親を尊敬できない理由であり、見下している理由だ。
顔も悪ければ、頭も悪く、収入も低く、子育てもろくにせず、親としての役割を果たしているとは思えない。
僕はこの家に生まれたことを不幸だと思っている。
小学生の頃から、父親と嫌な記憶は今でも鮮明に覚えている。
・怒鳴り
家族4人で飯を食べていて話をしていたら、
父親「うるさい黙れ!」 と急に怒鳴られた事があった。
その後も何回か怒鳴られた。
そしてそれ以降、食卓に父親がいるとき自分から口を開くことはなくなった。
父親が仕事から帰ってきた瞬間食卓の会話は一切なくなった。
話すから怒られる。なら口を開かなかったらいいと当時僕は考えたのだろう
・旅行
夏休みに僕と弟と母親の3人で旅行にいく予定だった。
父親は仕事があるので行けない。
すると父親は行くのを許さないと言うのだ。
行きたければ俺の許可を取れと。
その日から父親のご機嫌取りをした記憶がある。
しかし旅行予定日の2日前まで行っていいと言わないのだ。
僕はどうしても行きたかった。
当時小学生だった僕は父親に土下座をして行かせてほしいと言った記憶がある。
小学生の子供に土下座をさせるような行為をする父親なのだ。
今では性格は歪んでしまったいるが、当時は純粋だったし旅行に行きたかったら子供の僕はなんでもしたんだと思う。
・罰
小学校低学年の頃、僕は落書きをしたり布団を積み上げて飛び込んだりやんちゃをしていた。
父親がまず怒鳴ってくる。
そして僕の体を持ち上げ小屋に連れて行き、穴に落とすぞと言うのだ。
僕は泣いて謝った記憶がある。
・ゲーム
父親がゲームを買ってくれると言った。
凄く嬉しかった。
ゲーム屋に車で向かう途中、僕の発言が何か気に食わなかったのだろう。
急に帰ると言い出したのだ。
今思えばたかがゲームだが当時は欲しい気持ちが強くて、帰ると言われたことが凄く嫌だった記憶がある。
・別居
父と母が喧嘩をした。
普段からしていたがこの時は、ことが大きかった。
母親が家を出て行くと言い、僕は母親についていった。
僕は母親と弟と母方の祖父母のところへ住むことになった。
祖父母の家に住むようになって毎日が楽しかった。
今までモヤのかかっていた心がスッと晴れたような毎日だった。
普通に生活をしているだけでこんなに楽しいなんて思わなかった。
祖父母の家に言ってから笑顔が増えた。
・別居の終わり
ある日、父親が母親に電話をした。
帰ってきてほしいと。
それを母親は受け入れた。
そして父親を家に帰る日、僕は泣きながら帰りたくないと喚いた。
しかし母親は「我慢しないとダメだ」と言い、泣く僕と弟を連れて父のいる家に帰った。
また心のモヤがかかった日常に戻った。
楽しくない毎日がまた始まった。
これらは嫌な記憶の一部である、今でも記憶は消えない。
当時のことを思い出すとビクビクとした心境になる。怯える。
たぶんこの傷は一生消えない。
そして僕が歪んだ原因の一つだ。
・怒鳴り
家族4人で飯を食べていて話をしていたら、
父親「うるさい黙れ!」 と急に怒鳴られた事があった。
その後も何回か怒鳴られた。
そしてそれ以降、食卓に父親がいるとき自分から口を開くことはなくなった。
父親が仕事から帰ってきた瞬間食卓の会話は一切なくなった。
話すから怒られる。なら口を開かなかったらいいと当時僕は考えたのだろう
・旅行
夏休みに僕と弟と母親の3人で旅行にいく予定だった。
父親は仕事があるので行けない。
すると父親は行くのを許さないと言うのだ。
行きたければ俺の許可を取れと。
その日から父親のご機嫌取りをした記憶がある。
しかし旅行予定日の2日前まで行っていいと言わないのだ。
僕はどうしても行きたかった。
当時小学生だった僕は父親に土下座をして行かせてほしいと言った記憶がある。
小学生の子供に土下座をさせるような行為をする父親なのだ。
今では性格は歪んでしまったいるが、当時は純粋だったし旅行に行きたかったら子供の僕はなんでもしたんだと思う。
・罰
小学校低学年の頃、僕は落書きをしたり布団を積み上げて飛び込んだりやんちゃをしていた。
父親がまず怒鳴ってくる。
そして僕の体を持ち上げ小屋に連れて行き、穴に落とすぞと言うのだ。
僕は泣いて謝った記憶がある。
・ゲーム
父親がゲームを買ってくれると言った。
凄く嬉しかった。
ゲーム屋に車で向かう途中、僕の発言が何か気に食わなかったのだろう。
急に帰ると言い出したのだ。
今思えばたかがゲームだが当時は欲しい気持ちが強くて、帰ると言われたことが凄く嫌だった記憶がある。
・別居
父と母が喧嘩をした。
普段からしていたがこの時は、ことが大きかった。
母親が家を出て行くと言い、僕は母親についていった。
僕は母親と弟と母方の祖父母のところへ住むことになった。
祖父母の家に住むようになって毎日が楽しかった。
今までモヤのかかっていた心がスッと晴れたような毎日だった。
普通に生活をしているだけでこんなに楽しいなんて思わなかった。
祖父母の家に言ってから笑顔が増えた。
・別居の終わり
ある日、父親が母親に電話をした。
帰ってきてほしいと。
それを母親は受け入れた。
そして父親を家に帰る日、僕は泣きながら帰りたくないと喚いた。
しかし母親は「我慢しないとダメだ」と言い、泣く僕と弟を連れて父のいる家に帰った。
また心のモヤがかかった日常に戻った。
楽しくない毎日がまた始まった。
これらは嫌な記憶の一部である、今でも記憶は消えない。
当時のことを思い出すとビクビクとした心境になる。怯える。
たぶんこの傷は一生消えない。
そして僕が歪んだ原因の一つだ。
僕は父親が嫌いだ。
父親が嫌いという人はたくさんいると思う。
思春期の感情で嫌いだったとかそういったものじゃあない。
客観的に見て人間として嫌いだ。
第一に頭が悪い。
高校も地元では底辺だった。
ただ勉強ができないだけじゃあない。
父親は一番最悪な勉強してもできないタイプだ。
勉強はあまりしていないが頭の回転が早い人だっているが、父親は頭の回転がとても遅い。
しゃべりが下手だし単語が幼稚だし説明も下手だ。
なのに威圧的な雰囲気でモノを言ってくる。
第二に不細工だ
客観的に見てもクラスで下の方だ。
そしてスタイルが悪い。
顔だけが異常にでかく体型もゴツイ。
親が不細工だと子供も不細工になる。
第三に低年収だ。
現在契約社員で年収300万以下だ。
父親が50歳ぐらいの時に、当時勤めてた会社を自主退職した。
辞めた理由は直接聞いていないが、おそらく外回りの仕事が嫌だったのだろう。
そして退職金は全部飲み代など自分に使いもう全く残っていない。
第四に性格が悪い。
外面は良い。しかし家庭では怒鳴り散らしすぐに脅す。
虐待に近いことをされた記憶もある。
子供の頃に怒鳴られた記憶はたくさんある。
しかし父親は「うるさい!」「~するな!」というだけだ。
なぜそれがダメなのかを言わなかった。
だから当時子供の僕はなぜ怒られているかわからずビクビクと怯えた。
以上のことから人として全く尊敬できないし嫌いだ。
このブログを書いていて当時のことを思い出した。
父親とのいい思い出が何一つ思い出せないのだ。
蘇るのは嫌な記憶ばかりである。
良い父親に恵まれた人を羨ましく思う。
父親が嫌いという人はたくさんいると思う。
思春期の感情で嫌いだったとかそういったものじゃあない。
客観的に見て人間として嫌いだ。
第一に頭が悪い。
高校も地元では底辺だった。
ただ勉強ができないだけじゃあない。
父親は一番最悪な勉強してもできないタイプだ。
勉強はあまりしていないが頭の回転が早い人だっているが、父親は頭の回転がとても遅い。
しゃべりが下手だし単語が幼稚だし説明も下手だ。
なのに威圧的な雰囲気でモノを言ってくる。
第二に不細工だ
客観的に見てもクラスで下の方だ。
そしてスタイルが悪い。
顔だけが異常にでかく体型もゴツイ。
親が不細工だと子供も不細工になる。
第三に低年収だ。
現在契約社員で年収300万以下だ。
父親が50歳ぐらいの時に、当時勤めてた会社を自主退職した。
辞めた理由は直接聞いていないが、おそらく外回りの仕事が嫌だったのだろう。
そして退職金は全部飲み代など自分に使いもう全く残っていない。
第四に性格が悪い。
外面は良い。しかし家庭では怒鳴り散らしすぐに脅す。
虐待に近いことをされた記憶もある。
子供の頃に怒鳴られた記憶はたくさんある。
しかし父親は「うるさい!」「~するな!」というだけだ。
なぜそれがダメなのかを言わなかった。
だから当時子供の僕はなぜ怒られているかわからずビクビクと怯えた。
以上のことから人として全く尊敬できないし嫌いだ。
このブログを書いていて当時のことを思い出した。
父親とのいい思い出が何一つ思い出せないのだ。
蘇るのは嫌な記憶ばかりである。
良い父親に恵まれた人を羨ましく思う。
僕の性格は大人しい方だと思う。
よく温厚そうだとも言われる。
実際あまり怒ることはないしキレることもほぼない。
しかしそんな僕が凄く苛立つことがある。
それは両親から指図されることだ。
以前、「灯油を入れてきて」と言われたり「お金は大事でうんぬん~」と説教じみたことを言われたことがあって、凄く腹が立った。
スマホを弄りながらイライラした口調で返事をした。聞く気は全くなかった。
どうしてこんなに苛立ったのかわからなかった。
けど少し前に答えが出た。
理由は、僕が両親のことを全く尊敬していないからだ。
と結論が出た。
むしろ見下しているかもしれない。
なぜそう思っているかを書いていこうと思う。
続く
よく温厚そうだとも言われる。
実際あまり怒ることはないしキレることもほぼない。
しかしそんな僕が凄く苛立つことがある。
それは両親から指図されることだ。
以前、「灯油を入れてきて」と言われたり「お金は大事でうんぬん~」と説教じみたことを言われたことがあって、凄く腹が立った。
スマホを弄りながらイライラした口調で返事をした。聞く気は全くなかった。
どうしてこんなに苛立ったのかわからなかった。
けど少し前に答えが出た。
理由は、僕が両親のことを全く尊敬していないからだ。
と結論が出た。
むしろ見下しているかもしれない。
なぜそう思っているかを書いていこうと思う。
続く