あの甲高い独特の声で、お茶の間に衝撃を与えたジャパネットたかた創業者、高田明氏。彼のサクセスストーリーは、意外にも一度の挫折から始まっています。
大学卒業後、一度は機械メーカーのサラリーマンとして、その語学力を活かし東欧を飛び回るエリート街道を歩みます。しかし、帰国後に立ち上げた翻訳会社は思うようにいかず、夢破れた彼は故郷・長崎へ。
実家のカメラ店を手伝う中で再起を図り、やがて独立。「即日現像・手渡し」を旗印に、顧客の心を掴み、徐々に業績を拡大させていきました。
彼の人生を大きく変えたのは、一本のラジオ番組でした。知人の紹介で地元のラジオショッピング番組に出演すると、その独特な語り口が聴取者の心を鷲掴みにします。わずか5分の放送で、コンパクトカメラを50台も売り上げたのです。
この成功を機に、彼は通信販売の世界へ本格的に進出。そして、あの甲高い肥筑方言訛りの名調子が生まれます。彼の哲学は一貫していました。「一番大事なのは感動を伝えること」。単に商品のスペックを説明するのではなく、その商品を手に入れることで得られる感動や、生活がどう豊かに変わるのかを、誰もが具体的にイメージできるよう工夫を凝らしたのです。
一つの挫折から始まったサクセスストーリーは、今や日本を代表する企業へと成長を遂げました。
※忘れられた真実フェイスブックページより



