『心の宝島へ』
志賀内泰弘さんのブログからです。(^_-)

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記憶とは曖昧なものだ。
電車を降りてホームから改札を抜けると、
史跡や観光船のポスターが目に入った。
「もう少し大きな駅だった気がするんだけどな・・・」
学生時代に、ゼミの仲間と合宿と称して海水浴に来たことのある町だった。
それが夏だったせいもあるかもしれない。
大勢の観光客で駅舎は混雑していた。
しかし、山越一郎が降り立ったのは、11月も末のこと。
紅葉の名所でもあれば別であろうが、
テレビのサスベンスドラマのラストシーンで有名な絶壁の海岸以外に、
これといって観光資源のない町をわざわざ訪れるものはいない。
それでも、午後6時を回り、
勤めを終えた人たちがバス停に列をなしていた。
けっして賑わいがあるとはいえないが、
駅のすぐ近くはスーパーやコンビニがあることもあり、
人の流れが駅前らしさを醸し出していた。
ふと、歌声が聴こえてきて振り返った。
ジーンズにジャンパーを羽織った若者がギターをかき鳴らして歌っていた。
その前には数人のセーラー服を来た女子高生が手拍子をしている。
小さなファンクラブといったところだろうか。
何げなく足が向き、女の子たちの脇で耳を傾けた。
(いい声をしてるな)
曲名は知らなかったが、ノリがいい。
いかんせんマイクがあるわけでなく、
声が小さいので歌詞が聴き取り難い。
一郎は無意識に一歩前に踏み出していた。
それを意識してか、青年は声のトーンを上げた。
曲が終わると彼女たちが拍手を送る。
青年は少し照れた表情を見せ、「サンキュー」と応えた。
「今のオリジナル?」
そう口にして一郎は自分でも驚いた。
こんなところで若者に声をかけるなんて。
青年は意外にも素直に答えた。
「はい。…どうでしたか」
こういうところで歌っていると、
ちょっとぐれてつっぱったイメージがあるが、
その声には田舎の純朴さが現れていた。
「いいよ」
「ありがとうございます」
「歌詞はあんまり聴き取れなかったけど、声がいいよね。
音程もしっかりしている」
それを聴いた周りの女子高生たちが、「わー」と声を上げた。
その中の一人が、
「おじさん、ひょっとして音楽関係の人?」
「わー、スカウトだよ、ジュン!」
青年の名前はジュンというらしかった。
「いやいや違うよ。ただ、僕も昔、フォークをやってたことがあるものだから。けっこうコンテストにも出たりしてね」
「へえ~、カッコイイ。ねえねえ、何か歌ってよ」
「そうそう、ジュン、ギター貸してあげなよ」
すでに周りは拍手の渦になっていた。
一郎は差し出されたフォークギターを手に一瞬戸惑ったが、ピックを渡されると、
「よし、やるか」
と口にしていた。
ほぼ20年ぶりにもかかわらず
指が魔法をかけられたかのように動き始めた。
曲は、当時作ったオリジナルだった。

♪背中を押されて走ってきたけれど
ふと立ち止まってみれば
右のポケットになぜだかドングリ
一郎は、青年の瞳が、キラキラと輝くのを認めた。
どうやら、聞き入ってくれたようだ。
続けて、コードを鳴らす。
心が「あの頃」にタイムスリップした。
♪見上げれば青い空
言訳探す人生は
今日でやめよう
生きてる証をどこかに刻もう
破れた地図とコンパス持って
心の奥の宝島へ
秘密の呪文と少年の瞳で
誰でもゆける宝島へ
忘れかけてた
あの日の宝島へ♪
一郎は自分で、歌いながら涙が溢れてくるのがわかった。
滲んだまぶたの向こうに、
青年と女の子たちが真剣な眼差しで聴いてくれているのが見えた。
間奏をアコースティックに弾き鳴らし、続けて二番の歌詞を歌った。
♪今なら間に合うまだ遅くない
青い色紙でつくったヨットを
冒険の海に浮かべて
秘密の呪文と少女のまなざし
誰でもゆける宝島へ
忘れかけてた
あの日の宝島へ
あの日の宝島へ
チラシでこさえた飛行機に乗って
心の奥の宝島へ♪
あの日の宝島へ
エンディングを繰り返しながら思った。
(もう少し生きてみよう。頑張ってみよう。死ぬのはまだ早い)
一郎は、今日という日に、ここで彼らに出逢ったことに感謝した。
♪心の奥の宝島へ
あの日の宝島へ♪


