『愛は地球を救う』。そのスローガンのもと、善意と感動が日本中を包み込む24時間テレビ。その中心には、司会者として、そして一人の人間として、長年チャリティーの精神を体現してきた男、萩本欽一がいた。出演料を全額寄付するなど、彼の姿勢は多くの人々の心を打ってきた。
その年の生放送の現場で、事件は起きた。
車椅子に乗った一人の少年、カズくん(仮名)が、無邪気な好奇心からか、スタジオにいる芸能人たちを追いかけ回していたのだ。通路を塞ぎ、進行の妨げになりかねない危うい状況。スタッフは、彼の体に障がいがあることを気遣い、「危ないから気をつけようね」と、やんわりと注意するのが精一杯だった。しかし、少年のはしゃぎは収まらない。
誰もが、障がいを持つ少年を強く叱ることを躊躇し、困り果てていた。その、優しさという名の腫れ物に触るような空気を切り裂いたのは、萩本欽一の雷鳴のような一喝だった。
「お前の命が危ないから心配してるんだよ! いい加減にしろ!」
それは、苛立ちの怒りではなかった。本気の心配が詰まった、魂の叫びだった。
スタジオの空気が凍りつく。叱責されたカズくんの肩が、ふるえた。その頬を、大粒の涙がつたう。誰もが、萩本が行き過ぎたことをしたと思った、その時だった。
カズくんは、涙で濡れながらも、晴れやかな笑顔で萩本を見上げ、こう言ったのだ。
「僕、生まれて初めて、誰かに本気で怒られました。体のことを心配して、誰も僕を本気で叱ってくれなかった。だから、僕にとって今日は、普通の人になれた日だよ。欽ちゃん、ありがとう」
その言葉に、今度は萩本が絶句した。
後に彼は、この出来事を振り返ってこう語っている。「俺が『怒ってごめんなさい』って謝ろうとしているのを、あの子は察して救ってくれたんだと思う。あいつは、いいやつだよ」。
本当の優しさとは、特別扱いすることではない。一人の人間として、本気で向き合うこと。
※忘れられた真実より


