人の信を得るということ、つまり信用を築き上げるということは一朝一夕にできないことは皆さんよくご存じです。

創業して間もない企業や中小企業は、何とかして信用のある企業といわれるようになりたいと、トップから一般社員まで大変な努力を続けておられると思います。
こうして真剣な努力を続けているとその成果が上がってきて、信用のある会社だといわれるようになります。
間題はその後です。
ある程度信用ができてくると、それを使い始める。
会社や社員の姿勢がだんだん高くなってくるわけです。
つまり「君、それくらいのことは何とかできんのか」ということで、無理を言うことが起こってくる。
こちらが無理を言わなくても、先方から「支払いはそんなに早くしてもらわなくても」と言ってくれるようになる。
納期が多少無理でも、徹夜してでも間に合わせてくれるようになる。
しかしそれに甘えて信用を使い出すと、長い年月をかけ、血のにじむような努力によって蓄積してきた信用が取り崩されてしまう。
先代はこのことを戒めて、次のように言いました。
「信用は世間からもらった切符や。十枚あっても、一枚使えば九枚になり、 また一枚使えば八枚、といった具合に減ってしまう。気を許すと、あっという間に信用がなくなってしまう。 特に、“上が行えば下これを習う”で、 上に立つ者ほど注意しなければいけない」と。
金は使ったら減るのはわかるが、信用というのは目に見えないだけに減ることがわからない。
先代はさらに「信用は使ってはならない、 使わなければどんどん増えていく」とも言っていました。
そうなんです。
当たり前のことなのにできない。
事業をやるからにはどなたも最初はわかっていると思います。
要はそれを続けるかどうかです。
創業者の時代は見事にできていたものが、年を経てくると信用よりも銭金の方が大事、あるいは建物が立派な方が大事、という具合に価値そのものが変わってくる。
幸せなことに私どもは大事なことが変わらなかった。
なにも人様の前へ出て話すようなことではないんです。
もう本当に三度三度のおまんま食べるぐらいの当たり前のことばっかりなんですが、当たり前のことがなかなか続かないんですね。
黒田しょう之助さん(コクヨ名誉会長)のお話。
『致知』1999年11月号より


