りんごが落ちるのを見てニュートンが万有引力の法則を発見したことは有名な話ですが、りんごでニュートンという名前の品種があるそうです。
ニュートンがいつも見ていたりんごの木の品種が後になってニュートンと名付けられたそうで、この品種の特性はすごく落ちやすく、りんごが熟したと思うと瞬く間にポトポトと落ちてしまう。「ニュートンは”毎日”木から落ちるりんごを見て・・」とあった。
なるほど、うなずける話です。
りんごにまつわるほのぼのしたお話をご紹介します♪ 


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 『じいちゃんの傷リンゴ』

志賀内泰弘 


 「ありがとうよ、マサル」
「うん、いいよ」
「じいちゃんは身体だけが自慢だったけんど、去年くらいから腰が痛くてな」
「ううん、どうせオレ暇だから・・・」

大矢マサルの家は農家だ、農家といってもなかなか専業で食べていけない。

父親は、JAに勤めて保険の仕事をしている。

「高いところだけでも取ってくれると助かるわ、大事にな」
「わかっとるよ、じいちゃんの大切なリンゴだもんな」

マサルは幼い頃からスポーツが得意だった。

身長は172センチ。けっして大きい方ではないが、足首のバネが強かった。

そのおかげて、足が速くて、小学校の運動会ではずっとリレーの選手だった。

中学に入ると、陸上部に入った。

地区の記録会でずば抜けたタイムを出した。

先生たちが慌てた。

「未来のオリンピック選手だ」と持ち上げた。

年々、タイムは上がり、全国大会でも短距離で上位入賞を競うようになった。

そして、県で一番の実績を誇る私立高校へ、特待生として入学した。

しかし、その時がマサルのピークだった。

1年生の夏の大会で、いきなりアキレス腱を切った。

右足の膝から下がパンパンに腫れ、二ヶ月も歩行困難になった。

整形外科医は、若いから早く治ると言ってくれた。

「早く治したい」

陸上部の仲間が駆けるのを、眩しく見ていた。その焦りが災いした。

医者に「まだ早い」と言われていたのに、軽い慣らしのつもりでトラックを一周したとき、左膝に痛みが走った。

皿が割れた。

無意識に、ケガの右足をかばったのが原因だった。

再びの治療。

そして、激しいスポーツの禁止の宣告。

特待生をはずされ、「普通」の生徒となった。

そして、1年を待たずに、追われるように退学した。

いや、追われたわけではない。

陸上だけが自慢だっただけに、マサルには居場所がない気がしてしまったのだった。

「マサル、そろそろ休もうか」
「いいよ、もうちょっと頑張ろう」
「いやいや、じいちゃんが休憩したいんだ。
 裏のクミちゃんのところから栗のお饅頭をもらったろう」

クミちゃんとは、裏の和菓子屋の娘。

マサルの中学の同級生だ。

「いいよ、一緒に食べようか」
「オレ、家からお茶持ってくるよ、今日は天気がいいから、ここで食べよう」
「そうじゃな」

そう言うと、マサルは首に巻いた手拭いで汗を拭き取り、母屋へ駆けた。

(クソッ)

マサルは走るたびに思い出す。

(クソッ!)

しかし、その悪態は誰にも見せたことはなかった。

人前で、「クソッ」などと言ったら、惨めなのは自分自身だとわかっていたからである。

「じいちゃん、箱ごと持ってきたよ」
「おお、ありがとう、ありがとう。
 クミちゃんとこの栗きんとんは美味いからなぁ」
「うん・・・」

マサルは祖父の勘治が好きだった。

半年前に、高校を辞めた時、父親も母親も引きとめた。

父親は烈火の如く怒った。

祖母は、オロオロして両親をとりなしてくれた。

「マサルだって辛いんだから、わかってあげなさいよ」と。

その優しさが、よけいに辛かった。
 
そんな中で、何も言わなかったのは、祖父だけだった。

退学届を出す前に、すでに学校へは行かなくなっていた。

何もしなくて、家でブラブラしていると、

「よかったら手伝ってくれんかな」

とマサルに声をかけた。

それ以来、ときどき手伝うのが日課になっている。

「なあ、じいちゃん。なんで、じいちゃんは怒らないんだよ」
「・・・」
「父さんなんか、今もチクチク皮肉ばかり言うのにさ」
「言ってほしいのか」
「ううん・・・」
「じいちゃんはな、別に学校を辞めてもかまわんと思うとる」
「え!?」
「だって、じいちゃんは大学へ行ってるじゃないか」

マサルは、勘治は頭がよくて若い頃は東京の大学へ行き、一時は東京で働いていたと聞いていた。

「あのな、マサル。お前、ケガしたとき、どうだった」
「どうって・・・痛かったよ」
「うん、痛かったろう。痛いってことはな、
 痛い人の気持ちがわかるってことだからな。
 それがわかっただけでいいじゃないか」
「そんなこと言ったって、オレ負け犬・・・」
「あのな、マサル。そのリンゴ取ってみい」

と言い、勘治はリンゴの木の下枝を指差した。

「どれ? これ?」
「おお、それそれ」

マサルがそのリンゴをもいで手に取ると、勘治はこう言った。

「そこにな、小さな傷があるじゃろ」

見ると、そこには黒く凹んだ小さな点々が二つ付いていた。

「うん」
「その傷があるだけで、もう売りもんにはならん。それがマサルだな」
「え!」

マサルは言葉を失った。

(売り物にならない・・・オレは傷物か・・・)

「じゃがな、面白いことがあるんじゃよ。
 傷がついたリンゴのほうが美味いんだな。
 傷がつくとな、リンゴはその傷を治そうとする。
 それも、早く、早く治そうってな。
 するとな、なぜだかわからんがな、リンゴの糖度がグッと上がるんじゃ」
「・・・」
「見てくれだけ良いリンゴと、見てくれは悪いけど、中身は美味い。
 マサルはどっちのリンゴを食べたいかな」
「・・・じいちゃん・・・ありがとう・・・。じいちゃん」

マサルは、涙を隠すようにして下を向き、傷ついたリンゴにかじり付いた。

今まで食べたリンゴの中で、一番甘かった。 

 

 志賀内泰弘さんプロフィール


 24年勤めた金融機関を平成18年8月に退職し「プチ紳士を探せ」運動を全国に広めるため東奔西走中。コラムニスト、経営コンサルタント、飲食店プロデュース、俳人、よろず相談など、何足もの草鞋を履くネットワーカー。人のご縁さを説き、後進の育成をする志賀内人脈塾主宰。