「車椅子の妻を守った夫」 

 夫のSさんは71歳。 


妻のYさんは69歳。 


宮城県名取市に住居を構え、2人暮らしだった。 


妻のYさんは悪性のリウマチを患っており、全身の関節に手術を施され車椅子の生活をしていた。


 2人でTVを見ていた時、突然の揺れが夫婦を襲う! 


障子やふすまは外れ、棚が倒れる! 


夫はとっさに「逃げなければ!」
と思ったが、妻は1人では動けない。 


車椅子を押して逃げるも部屋の中は障害物だらけで思うように出来ない。 


避難訓練は定期的にしていたが、実際には不可能だ。 


車椅子を捨て、妻をおぶって避難所までいく自信もない。 


死を覚悟した2人だったが、程なく揺れは収まる。 


しかし、外から津波を知らせるアナウンスが聞こえてきた!


 2人は「こんどこそ本当にダメだ!」
と本気で思った。 


津波は程なくやって来た。 


瓦礫、油、汲み取り式トイレから溢れ出た汚物、海から運ばれてきたヘドロ…。 


ありとあらゆるものが家の中を流れてゆく…。


 水位はみるみる上昇していく…。


 夫は妻をちゃぶ台に乗せて水から逃れようとした。 


水はすぐに肩のあたりまでになった。 


助けを呼ぼうにも窓は瓦礫で塞がってしまった。 


声は届かない…。 


3月の東北は寒い。 


水の中に浸かっていると、それだけで体力が奪われてしまう。


 妻「お父さん、これまでお世話になりました…。」 


夫「バカっ!これからも世話するからしっかりしろっ!!」 


妻「お父さんのおかげで、私は幸せでしたよ…。」 


夫「黙れっ!」 


妻「私のことはいいから、お父さん、先に逃げて下さい…。」 


夫「黙れっ!黙れっ!」


妻「…そして無事だったら後から助けに来て…。」 


夫「うるさいっ!!!!」 


夫の目には涙がポロポロ溢れてきた……。 

 

夜になったが、当然電気は使えない。 


寒さ、暗さ、汚臭、そして絶望感…。 


世界でたった2人だけ取り残されたような思い…。 


長い夜が明け始めた午前5時半頃、水が膝くらいまで引いてきた。 


夫は妻をちゃぶ台から降ろし、ずぶ濡れのソファーに座らせた。 


そして逃げ道を確保するため瓦礫をどかし始める。 


妻「何にも出来なくてごめんなさい…」。 


夫「ああ…。」 


妻「私、ここで待ってるから、お父さんだけ逃げてね。」 


夫「あぁ、そうするよ。そして若い奥さんと再婚だ!」 


妻「そうして下さい。お父さんはモテるわよ。」


 夫、Sさんは

「なにがなんでも妻を助ける。2人だから生きてこれたのだから。

そして、これからも一緒だ!」 


そう強く思った…。 


外に出るコトが出来た夫Sさんは、あらんかぎりの声で助けを呼んだ。 


すると近くの人達が集まって来てくれた…。 


夫「俺は大丈夫だ。中に妻が居るんだ。だから…」 


助け出された妻Yさんの体温は33℃しかなかったという…。 


妻Yさんは搬送先の病院で一命を取り留めた。


妻「ありがとう…。ありがとう…。


私はお父さんがいないと何にも出来ない…。」 


妻Yさんは何度も言った…。 


夫「これからも、お世話させて下さい。」 


夫Sさんは心からそう言った。 


そして妻の肩を抱いた…。