ある田舎町の学校に、東京からひとりの女の子が転校してきました。 都会からの転校生に田舎の生徒たちは、大変興味があって、その子の廻りにやって来ては、『それは何?』『その服はどこで買ったの?』『その髪型は何と言うの?』といった質問を浴びせます。しかし、その女の子はというと、内気でおとなしくシャイな子供だったので、廻りの質問にちゃんと答えられず、『わかんない』『お母さんに買ってもらった』などと、恥ずかしがって答えていました。クラスにはどこの学校にもいるような元気で活発な男の子がいました。 その男の子は、勉強がそんなに出来る訳ではないのですが、スポーツは得意で明るく、クラスのムードメーカーといった立場でした。時には、悪戯や悪ふざけが過ぎて他の子供を泣かせる場面があり、先生も手を焼いているのですが、何故かクラスの人気者でもありました。 そんなクラスである日その事件は起こったのです。それは授業中でした。「先生、花の水を代えてきます」その男の子は言うが早いか、教壇の横に置かれた花瓶を手にすると走り出しました。今まで花の水を気にしたのを見たことがありませんし、ましてや静まり返った授業中の出来事です。「コラ!何やっている、今授業中だぞ。 花の水なんかあとでいい。」呆気にとられながらも反射的に先生が大声を出したとき、不運にも事件は起きました。クラスの中でも大人しいその転校生の女の子の席で男の子が止まったかと思うと、彼女の頭の上に花瓶をひっくり返したのです。一瞬、教室内が凍りついたように静まり返りました。花瓶の水がスカートを伝って女の子の足元まで水浸しで、床には花瓶に差してあった黄色やピンクの花が散らばっています。静まりかえった教室は次の一瞬「あーあ!あーあ!」の大合唱。女子児童は男の子に対して非難の声を上げ、男の子たちは面白がって囃子立てます。「わざとやったんだよ」「かわいそー」「ひどいよー」しまいには口笛を吹いて面白がる始末です。こうなると先生が幾ら言っても無駄です。普段から大人しくて恥かしがり屋の女の子は、みんなの注目を浴びてかわいそうなほど小さくなっています。先生は2人の所へ駆け寄りました。「どうしてこんな事をやったんだ」と先生が怒っても、 男の子は何も答えません。ただ、「ごめんね。ごめんね」と言いながら、男の子は申し訳なさそうに、俯いている女の子に頭を下げると、花瓶を持って走り出したときと同じような素早さで、教室の後ろからバケツと雑巾を持ってきてこぼれた水を拭き始めました。びしょぬれのスカートで座ったままの女の子は本当に気の毒なくらいに押し黙っています。先生が女の子を着替えさせるために保健室に連れて行った時、大騒ぎするクラスの中でも、男の子は黙りこくって床にこぼれた水を拭いていました。この時、生徒たちの気持ちの中には、 「人気者だったのに、あんな事をする奴なんだ」と男の子を非難する思いが残りました。

そしてこの事件は、このクラスで「花瓶の水」事件として、永く記憶に残る事になったのです。それから数年後、生徒たちも20歳になりました。田舎の成人式には、町を出て行った子供たちも帰ってきていたので、久し振りにクラス会が行われました。あの時水をかけた男の子もいました。 水をかけられた女の子も東京からやって来ました。そして、会も盛り上がり、集まったクラスの一人一人が小学校時代の思い出を話しだしました。 その時、水をかけられた女の子が、小学校時代の一番の思い出を語るときに、この「花瓶の水」事件を話してくれました。そしてその話を聞いたとき、クラスメートも先生もびっくりしました。その話を聞いて、「思っていた話とは違う!」と誰もが思ったのです。女の子は話し始めました。なんと女の子は、あの時、トイレを我慢していたのです。内気でおとなしく恥ずかしがり屋の女の子は、先生に「トイレに行きたい」と言えなかったのです。しかし、どうしても我慢できなくて、おしっこを漏らしていたのでした。 そのことに誰よりも早く気付いたのが、あの男の子だったのです。男の子は、女の子を助けようと一生懸命考えました。そして、必死になって考えついたのが花瓶でした。花瓶の水をその女の子のスカートにわざとかけ、おしっこを漏らしたことを周りのみんなに気付かれないように気を配ったのでした。自分が先生や友達から変に思われようとも、その子を助けたかったのです。周りの子からは、「わざとやったんだよ」「かわいそー」「ひどいよー」という声を浴びせられたけど、一言もその事実を語りませんでした。先生もこのクラス会までその事を知らなかったのです。 その子の話が終わったとき、大きな拍手が湧き、クラス会は大いに盛り上がりました。
「ついてもいい嘘」と「言ってはいけない真実」ジェニーいとうさんの話より練中おやじの会 ホームページより引用
