「東海林」ってなんで「しょうじ」と読むのかと思い、調べました。(^_-)-☆ 


リッドキララ

 

元々東海林姓は山形が本拠地で、その一族の一部が秋田にうつり、その一族が「しょうじ」と読み方を変えたのだそうです。


従って


(1) 山形県内では「とうかいりん」と読むのが普通。

一部「しょうじ」と読むのは秋田からUターンした読み方かと。


(2) 他県では「しょうじ」とよむケースもあるし「とうかいりん」と読むケースもありえるが、それぞれは「山形」「秋田」の「東海林」姓が移動したためかと思われます。


ではどうして秋田で「しょうじ」という読み方に変わったのか?


「幻冬舎文庫 名字の謎がわかる本」によると、「しょうじ」で一番多いのは「庄司」。


庄司の由来は昔の荘園。


荘園の所有」者である京都の公家が荘園の管理に派遣した人を「荘(庄)司」といい、庄司は中世の職業姓である。


山形から秋田に移動した東海林姓の一族が荘(庄)司をつとめるようになった。


つまり「しょうじをつとめるとうかいりん」が合体して「東海林」だけで「しょうじ」と読むようになったそうです。


タカミスキンピール

 

また以下のような説もあるようです。


# そもそも東海林の正式な読み方は「しょうじ」が正しく、東北に住む東海林は今から約一千年前に京の都から安住の地を目指し東北に逃げてきました。


なぜ、とうかいりんと読むのか、答えは当時東北では東海林をしょうじと読めず、そのままとうかいりんと読んで、それが定着してしまったそうです。


# 大陸渡来の林氏が日本の東海地方移住したため「東海林」という名字ができた。


そしてこれらの「林」氏は承仕師(しょうじし)として、寺院や公家の佛事の雑役などを勤めていたため「しょうじ」と呼ばれるようになったらしい。