『雨の日のタオル』 志賀内泰弘

友人の家を訪ねた。
最寄りの駅で降りる。
空を見上げると、なんだか怪しい雲に覆われている。
(さっきまで晴れていたのに…)
急に生暖かい風が吹いたかと思ったら、いきなり、ザーと雨が降り出した。
友人の家の玄関は、もう50メール先に見えている。
家々の軒を借りながら、ジグザグに走った。
息を切らしながら、呼び鈴を押すと、友人の奥さんがタオルを手に待ち構えていた。
「あら~、やっぱり濡れちゃいましたね。
突然降って来たから駅までお迎えにも行けずごめんなさい」
奥さんが濡れた頭や肩を拭いてくれた。
奥から友人が顔を覗かせて言う。
「いいなぁ、お前は。やさしくしてもらえて」
三人で交互に顔を見合せて笑った。
そんな出来事を思い出したのは、目黒雅叙園の入口でのことだった。
日柄の良い休日。
婚礼に出席のお客様が次々に到着され、園内は賑わっていた。
急に雲行きが怪しくなり、雨が降り出した。
すると、入口にいたベルスタッフの人たちが、慌しく裏から机を出してきた。
何をするんだろう、と興味深く見ていると、その上に、丁寧に小さくたたんだタオルを並べている。
そこへ、JR目黒駅から坂道を下って歩いて来た一団が現れた。
今日の、結婚式の披露宴に参列するお客様たちだ。
突然の雨で、大切なハレの衣裳が濡れてしまっていた。
ベルスタッフの一人が、タオルを手に差し出した。
もう一人のスタッフは、背中を拭いてあげている。
その時、思った。
「ああ、ここは暖かな家みたいだなぁ」と。
「やさしさ」 見えないものに価値がある。
☆目黒雅叙園 目黒雅叙園は石川県出身で立身出世の創業者・細川力蔵が1931年に目黒に開業した料亭で、国内最初の総合結婚式場でもありました。 本格的な北京料理や日本料理を供する料亭でしたが、メニューに価格を入れるなど当時としては斬新なアイディアで軍人や政治家、華族層以外の普通市民の料亭利用者を増やしたそうです。 旧木造館太宰治の小説「佳日」にも登場し絢爛たる装飾を施された園内の様子は「昭和の竜宮城」とも呼ばれ、特に百段階段は国の登録有形文化財に登録されており、映画「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルになりました。





