1956年9月9日 エルヴィス・プレスリーがエド・サリヴァン・ショーに初出演し、視聴率82.6%を記録する。

エド・サリヴァンは、エルヴィス・プレスリー出演の際には寸前まで反対し、特に腰を振るアクションを卑猥に感じたために、本番では、延々と上半身だけのアングルの放送を行うことを要求し、プレスリー自身の顰蹙(ひんしゅく)を買ったという逸話も残っている。
しかしサリヴァンの求めに応じスーツを着用し、上半身だけのアングルを受け入れたプレスリーの演奏後には、サリヴァンはプレスリーを「立派な若者です」と称賛し、実際に再度の出演も実現している。
日本人としては、1960年代から坂本九、雪村いづみ、ジャニーズ(飯野おさみ、あおい輝彦、中谷良、真家ひろみ等の四名とバックバンドのハイソサエティー)、ザ・ピーナッツやジャッキー吉川とブルーコメッツが出演。
その他のジャンルとしては舞踏家兼振付師・朱里みさを(世界的に活躍した歌手・朱里エイコの母親であり、後の宝塚歌劇団の講師と振付師となった人物。)、1966年に特撮監督の円谷英二、1970年に当時オフ・ブロードウェイ進出中だった東京キッドブラザースが出演した。
ザ・ピーナッツの同番組の出演は、その後の日本人歌手の海外での活動の基礎となったことでその功績が大きく評価されている。
出演時は通訳無しの英会話で、エド・サリヴァンとコミュニケーションをとった。
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