「ウィルマ・ルドルフ」(1940・6・23 – 1994・11・12) 


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1960年、ローマオリンピックで、アメリカのウィルマ・ルドルフという黒人女性選手が百メートル走、二百メートル走、そして四百メートル・リレーと三つの金メダルを獲得しました。


これはアメリカ人女性としては、史上初の快挙であった。 


ウィルマはリレーで優勝した瞬間、思わず泣き崩れてしまいました。 


彼女の胸のなかは、母親への感謝でいっぱいだったのです。 


ウィルマは、テネシーのスラム街の貧しい家庭で22人兄弟の20番目、体重2kgの未熟児で生まれた。


4才の時に猩紅熱と肺炎の合併症にかかり、左足の小児マヒで歩けなくなった。 


彼女の母親は、彼女を見捨てなかった。


仕事を続けながら、ウィルマを貧しい黒人も診てくれる80キロ先の病院まで毎週2回連れて行きました。


医師の教えで、母と兄弟は動きの鈍い左足のマッサージを続けた。


8才で補助具を付けてなんとか歩けるまでに回復し、その後、矯正靴をはいて兄弟と毎日バスケットボールをして遊び、12才でついに完治する。


そのよろこびを噛みしめるために彼女は陸上をはじめることになったのです。 


アメリカの女性スポーツ財団は毎年、困難な状況にも負けず素晴らしい功績をおさめ、他の女性アスリートたちの模範として活躍している女性アスリートにウィルマ・ルドルフ・カレッジ賞を授与している。 


「強い人が勝つとは限らない。すばらしい人が勝つとも限らない。私はできる、と考えている人が結局は勝つのだ」 

とは、ナポレオン・ヒル(アメリカの哲学・教育家)の言葉である。


ちなみに彼は成功哲学の祖とも言われ、著書『思考は現実化する』は全世界で3千万部を売上げ、ベストセラーとなった。 


ナポレオン・ヒルの言葉を、そのまま当てはめたかのような彼女の人生に、惜しみない拍手を送りたい。


「私は小児マヒを患ったことがある、走るなんてとんでもない」という思考が、ほんのひとかけらでもあれば、彼女の快挙はなかったことであろう。


貧乏人の子沢山とはよくいったもので、生活に追われながら彼女を見捨てなかった母親もすばらしい。


周りの支援、応援もあったに違いない。 


多くの「感動する話」を載せてきたが、真摯な前向きな人生を歩み努力を重ねる人には、支援の手が必ず差し伸べられる。


いい人にめぐり合うということもあるが、それよりも、こいつは応援してやろうという気持ちになるのだと思います。 


誰でも夢や希望、目標を持ちます。


「どうせ出来やしない」と多くの人があきらめています。実行する前から頭で考えて躊躇しています。


「私は出来る」と信じて、愚直に目標に突き進む人だけが、そこに到達するのだと思います。