『大の仲良し』 志賀内泰弘 


ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 

愛里(あいり)には、大の仲良しの友達がいる。


波照間(はてるま)京子だ。


名前から想像するとおり、両親が沖縄の出身。


父親の仕事の関係で小学生のときに転校してきた。 


そして愛里と同じクラスになった。 


二人は高校まで同じ学校に通っていたが、卒業後は別々の道にすすんだ。 


愛里は私立大学の経済学部を卒業し、中堅の商社に就職した。 


京子は看護学校に入り、今は看護師として都内の病院で働いている。 


お互いに生活のペースは違うが、今でもときどき会って話をする。 


いや、正確に言うと、愛里がいつも話を聞いてもらっているのだ。 


京子にはなんだか不思議なパワーがある。 


いつもいつもニコニコしていて、そばにいるだけで癒される。 


そして、口癖が「てーげー」と「なんくるないさー」。 


「てーげー」とは、沖縄の方言で、「大概」とか「だいたい」という意味である。 


「なんくるないさー」は、「なんとかなるさ」の意。 


愛里が仕事で悩みがあると、すぐその晩に電話をする。 


すると、京子は、 「大丈夫さあ、なんくるないさー」 と励ましてくれる。 


さらに、「愛里は真剣にものごとを考えすぎさあ。てーげーにしたらいいよ」と言う。 


それは、この何年かの間に、何度も何度も繰り返されてきた会話だった。 


いや、愛里は、その言葉が聞きたくて電話をしているのだった。 


京子の声を聞くだけで癒される。


心がほっと温かくなる。 


まだ行ったことはないが、それは沖縄の美しい海のような感じがしていた。 


今日も愛里は、上司に怒られた。 


昼ごろ、お得意先からの電話が入った。 


課長宛だった。 


席を見ると姿がない。 


たぶん、早めのランチに出掛けているのだろうと思った。 


先方には、「折り返し電話をさせます」と言って切った。 


普段なら、ちゃんと机の上に、

「丸菱商会の遠藤様から電話あり。 

下記の番号まで急ぎかけてください」


とメモを残す。 


ところが、その電話の直後に「社長を出せ!」と怒鳴るクレームのお客様が訪ねてきて、大騒ぎになった。 


そのため、すっかり忘れて自分も食事に出掛けてしまったのだった。 


オフィスに戻ると、課長はおかんむり。 


先方から再度、電話が入ったのだった。 


みんなの前で大声で怒られた。


それだけならいい。 


過去のミスまで、一つずつほじくり返された。


「すみません」としか言いようがない。 


悪いのは自分だ。 


悲しくて悲しくて、涙があふれてきた。 


そして、その晩、話を聞いてもらおうと思い、京子に電話をした。 


それはたぶん、100回目、いや200回目だったかもしれない。 


「はい」 


「あっ、キョーコ」 


「う、うん」 


愛里は、いつもと違う雰囲気に、誤って違う人にかけてしまったのではないかと思い、ケータイの画面を見た。 


たしかに、京子の電話番号だった。 


いつもなら、「はい、京子です!愛ちゃん元気だった~」という弾んだ声が響いてくる。 


「どうしたの、キョーコ」 


「うん」 


いつもなら、それは京子が愛里にかける言葉だった。


 「なんだか元気がないわねぇ」


 「・・・」 


「ねえ、キョーコったら」 


電話の向こうで、かすかに鼻をすする音が聞こえた。 


「え? キョーコ、泣いてるの」 


「う、うん・・・」 


「どうしたのよ」 


「あのね、あのね・・・。健ちゃんがね・・・」 


そう言われても、愛里にはパッと何のことだかわからなかった。 


しかし、ふと京子の言う「健ちゃん」のことを思い出した。 


京子が担当している病室の、小学3年生の男の子の名前だということを。 


「健ちゃんがね、健ちゃんがね・・・今日・・・亡くなった・・・」 


そう言われて、京子はだんだんと記憶が甦ってきた。 


たしか健ちゃんは不治の病で、京子がずっと励ましてあげていた患者であることを。 


京子は、どう答えていいのかわからなかった。


 (何か言わなくちゃ) 


そう思えば思うほど、言葉が出てこない。 


「キョーコ、辛いねぇ、辛いねぇ」 


ケータイに向かって、そう発した次の瞬間だった。 


「あ、あ、あ~ん」 


今まで、一度も聞いたことのない大きな声で、京子が泣きじゃくるのが聞こえた。 


「キョーコ、キョーコ、いい、いい、 今からアパートへ行くからね。 しっかりしてよ。いいわね」 


そう言うと愛里は、財布だけ手にして通りへと飛び出していた。 


空からは白いものが舞っていたが、薄いセーター一枚であることにも気が付かず、タクシーに手を上げた。 


「待っててよ、キョーコ!」 


愛里は、課長に叱られて辛かったことなど忘れていた。 


「運転手さん、早く~」 


確かにではない。 


しっかりとではない。 


しかし、愛里はタクシーの座席で前のめりになって前を見ながら、ぼんやり、そう、ぼんやりと思った。 


 人に甘える人間よりも、甘えられる人間になろうと。





 

 


モイストウォッシュゲル

 


 


【EXETIME(エグゼタイム)】旅行カタログギフト