小林正観さんの心に響く言葉より…


ウォーターサーバー Frecious(フレシャス)

 



どうも私たちは生まれる前に、自分の人生をシナリオに書いてきているようです。 


自分はどういう場所で、どういう名前で生まれ、どのような人生を経て、いつ死んでいく、ということを全部自分で決めているらしいのです。 


自分のシナリオどおりに生まれ、ときに病気や事故に遭い、予定どおりの日時に、予定どおりの事情で死んでいく。


不運・不幸で死ぬわけではない。


自分で書いたシナリオですから、人生で起こることは全部、自分にとってベストの出来事です。


ベストなのだから、「病気はツラい。嫌だ」「どうして事故に遭ってしまったのか」などと、思い悩む必要はありません。 


死についてもそうです。


50歳で死ぬ、80歳で死ぬ、100歳で死ぬ。


1人ひとりがみんな違う。


あれをしたから死んだとか、こうしていれば死ななかったとか、そういうことはありません。


病気や事故で死ぬわけでなく、老衰で死ぬわけでもない。


死ぬのは、それが自分で決めた「寿命」だからです。 


もっと根源的な部分の話をすれば、人間は、長生きをすることが目的なのではありません。


死ぬまでに何をするか、何を残すかだけ。 


自分で決めたとおりに生き、死んでいくだけです。 



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小林正観さんは「人生のシナリオ」についてこう述べています。


『私たちの人生はもう決まっているようなのです。


「こういうことをやるためにこの世に生まれてきた」ということが、自らのシナリオによって決められているようです。 


その流れなり、シナリオなりが、読み取れる人もいますが、読み取れない人もいます。 


「読み取れない人」には共通項があります。 


それは、「好きなことはやりますが、嫌いなことはやりません」 

「夢や希望のためには努力を惜しみませんが、それ以外はしません」という意味で「自我」がものすごく強い人です。 


反対に、「流れが読み取れる人」というのは、そうした「自我」がほとんどない人です。 


「いつでもやるはめになったことはやります。 自分がやらなくてはいけないような状況になったら笑顔でやります」と、「おまかせ」ができる人です。 


「おまかせ」をしていない人はほとんど流れが見えてこず、「おまかせ」をしている人は流れがよく見えてくるのです。』

(運命好転十二条/知的生きかた文庫)より




人生の前半生は、夢や希望を追い求めることもいいが、人生の後半生は、夢や希望ではなく、流れにまかせて成り行きで生きたほうがすんなり生きられる。


それは頼まれごとの人生。


自分の意思ではなく、人から頼まれたことを淡々とこなしていくということ。


頼まれたことを淡々とこなしていくと、「どうも、自分はこっちの方向で生きていくのかもしれない」とわかるときがくる。


それが、流れが読み取れる人。


「人生のシナリオ」に気づける人でありたい。


 

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