【イチロー選手の考え方と行動とは?】

オリックスで打撃投手を務めていたころ不調に陥った選手に「投げましょうか?」と声を掛けると、ほとんどの場合「頼む」と答えが返ってきた。
練習することによって少しでも不安を取り除きたいと思うのが人情というものだろう。
そんな中私の申し出に一人だけ首を振った選手がいた当時20歳だったイチロー選手である。
試合後にその理由を尋ねてみたところ、彼は「僕はこんな心境で試合に臨みたいんです」と言う
「どんな好きな野球でも、毎日続けているともう疲れた、今日は嫌だなと思う時ってないですか?
そうなっては、自分の能力って絶対に発揮できないですよ。
バットが持ちたくて持ちたくてしょうがない、そういう心境で、僕は試合に臨みたいんです」
そして彼はこう後を続けた。
「初めてお父さんとキャッチボールした時どんな気持ちになりましたか?またやりたいなと思ったでしょ。その気持ちなんですよ。そういう気持ちが自分でしっかりつくれれば絶対に技術って向上していくと思いますよ」
イチロー選手のプロ入り3年目の年、彼の専属打撃投手となった私は寮生活で3年間寝食をともにし、多くのことを教わった。
彼と初めて出会ったのは私が20歳、かれが19歳の時だった。
初めてそのバッティングを見た時、年下にこんなに凄い選手がいるのかと舌を巻いたが、最も驚いたのは、彼が一軍に上がってきてからのことだった。
キャンプ期間中、二軍でプレーしていたイチロー選手は夕方に練習を終えると、早々に眠りに就いた。
そして皆が寝静まる深夜にこっそり部屋を出ると室内練習場で数時間の特打ちをするのを日課としていた。
ところがシーズンが始まり一軍入りを果たした彼は全くと言ってよいほど練習をしなくなってしまったのである。
不思議に思って訪ねてみたところ「体が疲れ過ぎるとバットが振れなくなるから」とのことだった。
一軍でまだ何の実績もない選手が自分のやるべきことは何かをちゃんと理解して行動している。
私の知り合いにもプロ入りした者が数名いたが彼の取る行動や言葉のすべては他とは一線を画すものだった。
例えばこんな調子である。
「奥村さん。*目標*って高すぎると絶対にダメなんですよね。
必死に頑張っても、その目標に届かなければどうなりますか?
諦めたり、挫折感を味わうでしょう。
それは目標の設定ミスなんです。
頑張れば何とか手が届くところに目標を設定すればずっと諦めないでいられる。
そういう設定の仕方が一番大事だと僕は思います」
二軍時代のイチロー選手はマシン相手に数時間の打撃練習をしていたが、普通の選手に同じことをやれと言ってもそれだけの時間、集中してスイングすることはできない。
それがなぜ彼には可能なのかと言えば、私はこの「目標設定の仕方」にあるのではないかと言う気がする。
イチロー選手には自分にとっての明確な目標があり、その日にクリアしなければならない課題がある。
その手ごたえをしっかりと自分で掴むまで時間には関係なくやり続けるという練習のスタイルなのだ。
私が彼の基盤として考えるもう一つの要素は継続する力、つまりルーティンをいかに大切にしているかということである。
ある時イチロー選手にこんな質問をしたことがあった。
「いままでに、これだけはやったなと言える練習はある?」
彼の答えはこうだった「僕は高校生活3年間1日にたった10分ですが、寝る前に必ず素振りをしました。
その10分の素振りを1年365日3年間続けました。
これが誰よりもやった練習です」
私は現在、少年野球チームの監督を務めているが、それと比して考えてみると彼の資質がいかに特異なものであるかがよく分かる。
例えば野球の上手な子にアドバイスをすると何をやってもすぐできるようになる。
下手な子はなかなか思うようにいかないところが、できるようになった上手い子がいつの間にかその練習をやめてしまうのに対し、下手な子は粘り強くそれを続け、いつかはできるようになる。
そして継続することの大切さを知っている彼らは出来る様になった後もなお練習を続けるため結局は前者よりも力をつけることが多いのである。
その点イチロー選手は卓越したセンスを持ちながらも野球の下手な子と同じようなメンタリティを持ち、ひたすら継続を重ねる。
私はこれこそが彼の最大の力になっている源ではないかと思う。
2000年に結成した私の少年野球チームは当時9名の部員だったが、現在100名を越える数になり、その中から多くの甲子園球児が生まれていった現在、プロで活躍している田中将大投手もその一人。
彼らには自分がイチロー選手から学んだことを折に触れては話し、野球に取り組む姿勢としてそれを生かしてほしいと伝えてきた。
自分で目標を持ちそれに向けての継続を怠らなければ必ず次の階段へと自分を押し上げていくことができる。
そしてそれは人生を生き抜く力にも繋がっていることを野球を通して伝えていければと考えている。
奥村幸治(NPO法人ベースボールスピリッツ理事長、宝塚ボーイズ監督)
