
「カストーディアル」という職業をご存知でしょうか。
私は東京ディズニーランドでこの職業をしています。
実際に何をしているかと申し上げますと、「掃除です」東京ディズニーランドでは、さまざまなキャストがいますが、「カストディアール」はさまざまなキャストの中でもっともゲストから声をかけられる存在です。
ですから、こう呼ばれます。
「歩くインフォメーション」
あちこち歩き回りながら掃除をしているため、自分の担当エリアに自然と詳しくなるからとも言えます。
お店やアトラクションに自由に出入りしたり、ときには他のキャストとお話できる立場は、さまざまな情報を仕入れることもできるのです。とまあ、パーク内をきれいにしたり、ゲストにパーク内でのいろんな情報を差し上げたりするのが主な私の仕事ですが、キャストである以上はゲストに最大のハピネスを差し上げるのが一番の仕事です。
ちょうど、この仕事を始めて2年目の時のお話です。
「もー、だから気をつけなさいって言ったでしょ!!」
女性の大きな声が聞こえたと思ったら、男の子が弾けるように泣き出しました。
男の子の足元には、無残にもソフトクリームが落ちています。
ああ、落としちゃったんだな。
状況を理解した私は、すかさず男の子のそばに駆け寄り、トイブルーム(ほうき)とダストパン(ちりとり)で、直ぐにソフトクリームを片付けました。
そして、膝をついて、涙目の男の子の目線に合わせて、「ソフトクリーム落としちゃったんだね。
大丈夫だよ。
ちょっと、待っててね」
と伝えました。
そして、隣にいるお母さんにも
「すぐに戻りますので、しばらくお待ち下さい」
と声をかけ、急いでソフトクリーム売り場に向かいました。
私は売り場のキャストに事情を話し、新しいソフトクリームを作ってもらい、すぐさま男の子の元に戻りました。
「お待たせ。はい、どうぞ」
私は膝をついて、まだ涙目の男の子にその新しいソフトクリームを差し出すと、
「えっ、本当にこれもらっていいの?」
と男の子は私に訴えかけるような涙目で私を見つめました。
私は男の子の手にソフトクリームを持たせて、「大丈夫。気にせずに食べてお母さんに笑顔を見せてね」
と慰めました。
でも、男の子はいまだ涙目でした。
お母さんにも、「お気になさらずに、お召し上がり下さい」笑顔で伝えて、私はその場を去りました。
1ヶ月前にもポップコーンを落とした女の子がいて、同じように新しいポップコーンを持ってきたら、泣いていた女の子は「ありがとう」と言って、笑顔に戻ってご家族との一家団欒を取り戻したんですが…。
今回はどうもそういうわけにはいきませんでした。
どうも男の子には自分がソフトクリームを落としたこと、そのことでお母さんに怒られたことがショックの大きさが計り知れなかったのでしょう。
このままでは、せっかくのディズニーランドでの思い出があまりいいものにならないかもしれない。
どうにかして、男の子の笑顔を取り戻したい。でも、カストーディアルの私にはこの掃除道具しかない。
そして、足元にあるのはさっきまで降っていた雨でできた小さな水たまり。
あっ…。
あることを思いついた私はすぐさま男の子の元に駆け寄りました。
「ボク、ちょっとこっちに来てくれるかな。面白いものを見せてあげるよ」
私は、男の子を水たまりのそばへ連れてきました。
トイブルームのブラシ部分を、水たまりに浸し、男の子に微笑みながら、水をつけたブラシを筆に見立てて、地面に円を描きました。
お母さんもその場にいらして、男の子と一緒に私の様子を見ていました。
すると、涙目だった男の子が少しその表情に変化を私は感じました。
「よっし!」
と私は気合を入れて、もう一度ブラシを水につけ、今度は黒丸を一つ描きました。
すると、さっきまで涙目の男の子が目を輝かせてこう叫びました。
「あっ、ミッキーのお鼻だー!!」
こちらを一心に見つめる男の子の視線を感じながら、私は次々に線を走らせました。
そう、男の子のお察しの通り、水たまりの水を使ってミッキーマウスの似顔絵を私は描きました。
とっさの思いつきとはいえ、ミッキーの絵は子どもの頃からよく描いていましたので、ブラシの操り方さえ感覚をつかめれば、かなりうまく描ける自信がありました。
鼻、口、顔の輪郭、二つの耳を描いたところで、「うわー、すごーい!!!」と男の子は手をたたいて歓声を上げました。
もう涙目は満面の笑みに変わっていました。
近くを歩いていた他のゲストの方々も男の子の歓声に刺激されて、「なんだ、なんだ?」とたくさんの人だかりができました。
「はい、ミッキーのできあがり!!ミッキーが“元気出して思いっきり楽しんでね!”って言ってるよ」
私は汗だくになりながらそう男の子に言いました。
「ありがとう!!」
満面の笑みで男の子は応えてくれました。
その言葉にホッとした瞬間です。
パチパチパチパチパチ……。
周りでご覧になっていた他のゲストの皆さんから、たくさんの拍手が起きました。
見渡すと、みなさんから温かい笑顔を私に向けて下さいました。
「ありがとう」
「ステキな瞬間に出会えたよ」
私はこみ上げてくれるものを必死で抑えながら、「ありがとうございます!ありがとうございます!!ありがとうございます!!!」
何度もお礼の言葉を言って頭を下げました。
その時、私はトレーニング中に先輩に言われたことを思い出しました。
「僕らは、ゲストの思い出作りのお手伝いをしているんだよ」
あの時の言葉の意味をようやく分かった気がしました。
そして、この時初めてカストーディアルという仕事に誇りを持つことができました。
それだけではありません。
私はもう一つ大切なことに気づきました。
常にゲストのために働いている私たちキャストは、一方でゲストから喜びをいただいていることを。
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このキャストが新しいソフトクリームを渡したのが大切ではなく、男の子の落ち込んだ気持ちを自分のことのように感じ、何としてもこの男の子を元気にしたいと必死に考えてミッキーの似顔絵を描いた、その想いこそ、ウォルト・ディズニーが求めていたゲストの期待を超えるおもてなしです。
だからこそ、男の子だけでなく、みんなの心を温かくできたのではないでしょうか。
そして、彼の気づきにもありました、ゲストとキャストとの喜びの分かち合いこそ、このディズニーランドの醍醐味でもあります。
そう、このパークに関わるすべての人が主人公なのです。
※ディズニーが届ける夢のサービスより



