良寛(りょうかん)さんという、江戸時代の僧侶であり、歌人、漢詩人、書家でもある方の詩をご紹介させていただきます。
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お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も
息子の嫁もその孫も それはお前に丁度よい
幸も不幸も喜びも 悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は 悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい
地獄へいこうと極楽へ行こうと いったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく 卑下する要もなく 上もなければ下もなく
死ぬ月日さえも丁度よい
仏様と二人連れの人生 丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時 憶念の信が生まれます
南無阿弥陀仏
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この丁度よいという感覚、
何となくですが、伝わってきます。
丁度よいとは決して「楽」をするとか「何もしない」ということではなくて、
足るを知り、今あることやモノや環境に感謝し、少しでも恩を返せるように精進することなのだと思います。
良寛さんは、こうも言います。
「花、無心にして蝶を招き、
蝶、無心にして花を訪れる。」
それぞれが、それぞれの立場で全力を尽くす!
あれこれ考えても仕方のない事ってありますよね?
それを、レオナルド・ダ・ビンチはこんな言葉で表現しました。
「空腹でもないのに、食事をしては、病気になるように、
意味も分からず、意味を求めるのは、勉強にならない」
どんなに頑張っても、120才くらいまでしか生きられないのが人間です。
その命を過ごしている今の時間が、命そのものなのでしょう。
足りない足りないと、欲しがる人生より、
十分足りてると、感謝する人生がいいですね♪
※魂が震える話より

