令和6年3月19日、日本版DBSの法律案(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案/以下「法案」といいます。)が第213回国会に提出されました。

この法案提出の約2週間前の3月4日に、「性犯罪歴がなくても」、子どもからの訴えなどで性加害のおそれがあると判断された人について、雇用主に配置転換などの安全措置を義務付ける方針を固めた旨の方針が報道されました。

性犯罪歴なくても配置転換 日本版DBS、雇用主に安全義務 | 共同通信 (nordot.app)

 

昨年公表された「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」 報告書(案)ではなかった内容で、性犯罪の前科があること(=刑事裁判で犯罪の事実が認定されていたこと)が判明した人に対する措置とは全く次元の異なる内容です。「おそれがある」と認められるときには、配置転換その他の防止措置を「講じなければならない」、とするものですから。

今回は、「性犯罪歴がなくても配置転換」の内容に着目して、法案を読んでみたいと思います。

 

報道では、「性加害のおそれがある」という表現をされていますが、法案では

 

学校設置者等は、(中略)児童対象性暴力等が行われるおそれがあると認めるときは、その者を教員等としてその本来の業務に従事させないことその他の児童対象性暴力等を防止するために必要な措置を講じなければならない、という文言になっています(法案6条)

 

この「児童対象性暴力等」の定義は、「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律第二条第三項に規定する児童生徒性暴力等及び前項第二号に掲げる者に対して行われるこれに相当する行為」です(2条2項)。

 

この定義だけだとなにがなんだか分かりませんので、教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律(以下「わいせつ教員対策法」といいます。)の定義を見てみます。

 

わいせつ教員対策法2条3項を見てみましょう

 

第二条 

 この法律において「児童生徒性暴力等」とは、次に掲げる行為をいう。

 児童生徒等に性交等(刑法(明治四十年法律第四十五号)第百七十七条第一項に規定する性交等をいう。以下この号において同じ。)をすること又は児童生徒等をして性交等をさせること(児童生徒等から暴行又は脅迫を受けて当該児童生徒等に性交等をした場合及び児童生徒等の心身に有害な影響を与えるおそれがないと認められる特別の事情がある場合を除く。)。

 児童生徒等にわいせつな行為をすること又は児童生徒等をしてわいせつな行為をさせること(前号に掲げるものを除く。)。

 刑法第百八十二条の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成十一年法律第五十二号。次号において「児童ポルノ法」という。)第五条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和五年法律第六十七号)第二条から第六条までの罪(児童生徒等に係るものに限る。)に当たる行為をすること(前二号に掲げるものを除く。)。

 児童生徒等に次に掲げる行為(児童生徒等の心身に有害な影響を与えるものに限る。)であって児童生徒等を著しく羞恥させ、若しくは児童生徒等に不安を覚えさせるようなものをすること又は児童生徒等をしてそのような行為をさせること(前三号に掲げるものを除く。)。

 衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の性的な部位(児童ポルノ法第二条第三項第三号に規定する性的な部位をいう。)その他の身体の一部に触れること。

 通常衣服で隠されている人の下着又は身体を撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること。

 児童生徒等に対し、性的羞恥心を害する言動であって、児童生徒等の心身に有害な影響を与えるものをすること(前各号に掲げるものを除く。)。

 

わいせつ教員対策法2条3項5号の「児童生徒等に対し、性的羞恥心を害する言動であって、児童生徒等の心身に有害な影響を与えるものをすること(前各号に掲げるものを除く。)。」も、「児童生徒性暴力等」に含まれていることからも分かるとおり、「児童生徒性暴力等」は、必ずしも刑事罰の対象になる「性犯罪」には限られません。

「性加害のおそれがある」場合に配置転換、という報道を見て、「性犯罪」をするおそれがあると認められるような場合に配置転換を義務付けるもの、という印象を持たれた方も多いとは思いますが、「児童生徒性暴力等」、法案でいう「児童対象性暴力等」は、犯歴照会の対象となる「特定性犯罪」(法案2条7項各号)より広い概念です。

 

もちろん、特定性犯罪の構成要件には該当しないけれど、児童生徒の心身に有害な影響を与える性的な言動が存在すること、それがなされた場合に児童のケアや行った教員等へのなんらかの対応が必要なこと自体には異論はないです。

 

ただ、そのような言動は、「なされた」かどうかでも、かなり事実認定が難しいことも多いでしょう。

 

そして、今回、「配置転換」その他の必要な措置を「講じなければならない」とされるのは、「児童対象性暴力等が行われるおそれがあると認める」ときです。おそれ、という非常に抽象的な概念を具体的にどう認定し、どの程度のおそれでどのような措置を取る義務が生じるのかの運用がまだ明らかではないですが(法案では、児童対象性暴力等が行われるおそれがないかどうかを早期に把握するための措置については「内閣府令で定めるもの」を実施しなければならない、という規定ぶりなので。法案5条1項)、

 

運用のあり方によっては、例えば、あの先生は見る目がいやらしい、といった、相当主観にも左右されるクレームが保護者から入った場合の対処等に、かなり現場は困ることになるのではないでしょうか。

繰り返しますが、「児童対象性暴力等が行われたかどうかを早期に把握」ではなく、「児童対象性暴力等が行われるおそれがないかどうかを早期に把握」、なんです。そんなつもりは全く無いのに、おそれがある、と言われてしまった労働者は、どう防御すればいいのでしょうか。

 

性犯罪歴の照会以上に現場に影響が大きく、適正な運用が極めて難しい制度になるのではないでしょうか。労働者に不当に不利益な変更を行わず、本当に問題のある場合にだけ措置をすることができればもちろんいいですが、児童対象性暴力等が行われるおそれ、という抽象的な概念について、恣意性を完全に排除した運用ができるとはちょっと思えないです。

 

非常に現場に影響が大きい内容が、法案提出の直近になって初めて報道されたことに困惑しています。

 

なお、法案6条(犯罪事実確認の結果等を踏まえて講ずべき措置)は、学校設置者等が講ずべき措置についての条文です。認定を受けた「民間教育保育等事業者」については、児童対象性暴力等が行われるおそれがあると認める場合にとるべき措置については、6条の準用にはなっておらず、学校設置者等の場合とは、異なる定め方がされています。かなり長くなってきたので、民間教育保育等事業者が認定を受けるための基準については別の機会に。