スシローでの、醤油ボトルを舐める、寿司に唾をつけるといった迷惑行為を行い、かつ、その様子を動画に撮影してSNSに投稿した一連の行為についての損害賠償請求は、「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償権」(破産法253条1項2号)に該当し、破産しても免責の対象にならない「非免責債権」に当たる可能性が高いことを指摘する弁護士ドットコムの記事 https://www.bengo4.com/c_18/n_15608/


 が2023年2月2日に配信され、「一生モノの代償」というフレーズがTwitterでもトレンド入りする等、大きな反響がありました。


 自己破産でも「賠償責任」から逃れられない可能性、という見出しに、迷惑行為を行った故に多額の損害賠償請求を受けることになって破産するような場合は、「免責不許可」になる、と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそれは誤解です。


 「非免責債権」とは、免責許可決定が出ても、免責許可決定の効力が及ばない破産債権です。

 今回問題になっている迷惑行為についての損害賠償請求権は、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」という「非免責債権」に当たる可能性があるため、「破産して免責許可決定を受けてもなお、賠償責任から免れない可能性がある」という話です。


 「破産債権の中に非免責債権となる債権があること」と、「全ての破産債権について責任を免れることができなくなる免責不許可の決定が出ること」とは、別次元の問題です。


 破産法が定める免責不許可事由は「限定列挙」です。破産法252条1項は、「裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。」という定め方をしていて、破産法252条1項1号〜11号の免責不許可事由に該当しない限りは免責は許可されます(また、免責不許可事由がある場合でも、大多数の事案では「裁量免責」により免責許可がされています。)


 「けしからん理由で破産に至れば免責不許可になる」わけではなく、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償責任を負っていること」は、免責不許可事由ではありません。


 この点はよく誤解されるところで、例えば、破産債権者から、「私は破産者から酷い騙され方をしてお金を貸したから、破産者を免責不許可にして欲しい」といった意見が出されることはあるのですが、当該破産債権者の有する債権が非免責債権に該当したとしても、その「破産者の騙し方」が破産法252条1項5号(詐術による信用取引)の要件を満たすものでない限り、免責不許可事由があるとはされません。免責不許可事由があるとはされなければ、免責許可決定は出ます。


【破産法252条1項5号】

 破産手続開始の申立てがあった日の一年前の日から破産手続開始の決定があった日までの間に、破産手続開始の原因となる事実があることを知りながら、当該事実がないと信じさせるため、詐術を用いて信用取引により財産を取得したこと。


 このように、破産法252条1項5号の免責不許可事由には、破産手続との関係での対象期間の制限等の要件もあるので、「破産者が酷い騙し方をしてお金を詐取した」のが事実で、騙された人が破産者に対して有する損害賠償請求権が非免責債権に該当したとしても、「免責不許可事由はない」場合はあります。非免責債権である、悪意で加えた不法行為による損害賠償請求権が多額に及ぶような事例でも、破産法上の免責不許可事由に該当さえしなければ、免責許可決定は出ます。


 例えば、令和4年4月28日の東京地裁判決は、「実際には計画実現が客観的に不可能だったのに、クリニックモールを建設する事業計画が現実に進められていると欺いて、クリニックモールへの調剤薬局の出店に係る基本契約に基づく保証金名目で2億円を詐取した」という事案において、非免責債権該当性(悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権)を認めています。訴訟で非免責債権該当性が争点になるのは、訴訟の前に被告が自己破産をしており、免責許可決定が確定しているからです(被告は平成30年11月21日に東京地裁で免責許可の決定を受け、同決定については複数の債権者から即時抗告が申し立てられましたが、令和元年7月25日、東京高裁において抗告棄却の決定がなされているとのことです)。


 なお、破産法253条1項2号にいう「悪意」とは、単なる故意ではなく、他人を害する積極的な意欲である「害意」を意味すると解されており、上記の裁判例でも、「計画の実現がほぼ不可能な状況であることを認識していながら、本件計画が現実に進められている旨虚偽の説明をして本件保証金を詐取したものであり、その上、本件保証金の多くを自己の借金の返済や生活費等に充てている」といった事実を認定した上で、被告に積極的な害意があったものと認めています。


 上記のような事案でも、自己破産により免責許可決定がなされていることを知っていただくことで、「破産債権の中に非免責債権となる債権があること」と、「全ての破産債権について責任を免れることができなくなる免責不許可の決定が出ること」は別次元の問題であることを具体的にイメージして頂けたら嬉しいです。