だけ払ってしまうことが、なぜ破産法上、問題になるか、書きました

 

後編では、自己破産の申立てを希望する個人の債務者から、

 

破産手続が全部終わってからなら、債権者のAさんにだけは、返してもいいですよね」(※免責許可決定を得た破産債権に対する弁済であることを前提にします。)

 

そう質問された弁護士を想定して、「破産手続が終わってから、免責の対象になった借金を返すこと」について、考察してみたいと思います。

 

その前に。前編のポイントを簡単に振り返ります。

 

①   破産法の目的は、債務者の財産の適正かつ公平な清算

②   破産手続開始の直前の「支払不能」(経済状況が悪化して、もう、自分の債務を全て払いきるのは無理な状態)な時期になされた、「特定の債権者だけ特別扱いしての弁済」について、破産手続開始後にも放置されるのなら、「債務者の財産の適正かつ公平な清算」、なんて無理

③   そのため、破産法は、経済状況が悪化した時期になされた不平等な優先弁済の効力を否定することができる「否認権」を破産管財人が行使することを認めている(一部の人だけは満足してるけど、他の債権者は全く弁済を受けていないまま。破産手続開始決定の時点では、債務者の財産はすっからかんだけど、破産管財人がその不平等を是正する手段がない、のでは、「債務者の財産の適正かつ公平な清算」は実現できませんよね)

④   「あの人だけには払いたい」と、弁護士が破産手続開始申立てを受任してから払っても、「否認対象行為」として破産管財人に否認権を行使される。また、「否認対象行為あり」の「管財人のやるべき仕事がある」事件になってしまうことで、裁判所に納める予納金が高くなる可能性もある。

 

破産手続開始直前の、支払不能時に、一部の人にだけ「えこひいき」した弁済をしてはいけない理由が復習できましたね。

 

では、「破産手続が全て終わったあとに、一部の債権者にだけ返すこと」はどうでしょうか。

 

この問題を考えるには、まず「免責許可決定の効力」について理解する必要があります。

 

条文上、免責許可決定が確定すると、「破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる」と規定されています(破産法253条1項柱書本文)。

 

この「責任を免れる」の意味については、「債務が消滅する」と解する見解(債務消滅説)もありますが、「債務の責任が消滅する」と解する見解(自然債務説)が通説です。

 

自然債務説は、条文の「責任を免れる」という文言に素直ですし、免責許可決定の効力が保証人には及ばないこと(253条2項)にも適合的ですよね(主債務が「消滅」するのに、保証債務は「消滅」しない結論では、保証債務の付従性から考えて据わりが悪いですからね)

 

債務が完全に消滅するわけではないけれど、「責任」がなくなる、というのは。

債務者が任意に払わなくても裁判上請求することはできないけれど、債務者が「任意に」支払ったときには、その弁済は有効になる、という意味になります。

 

「偏頗弁済はなぜいけないの?」前編で、甲さんの代理人弁護士も、そのような意味で、「返すなら破産手続が全部終わってから」と甲さんに伝えたのでしょうね

 

でも、「債務が消滅するわけではないから」、破産手続後の弁済ならOKと、弁護士が単純に言ってしまっても良いのでしょうか?

 

「債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ること」も破産法の目的の1つであり(破産法第1条)、破産債権について免責許可決定を得ることは、経済生活の再生にとって不可欠なことです。

 

債務消滅説から自然債務説に対しては、自然債務の存在を口実に、免責許可決定後も破産債権者が債権の取立てを続ける危険があり、破産者の経済的再生を

妨げる、との指摘もあります。

 

自然債務に対する「任意の弁済」は有効ですが、破産者の経済的再生と言う免責制度の目的からは、自然債務説であっても、「任意の弁済」かどうかは厳格に判断され、少しでも強制的要素を伴う場合は「任意の弁済」とは言えないと解されます。

 

少なくとも、手放しには「破産手続が全部終わってからなら返すのは問題ない」とは言えるものではないんですね。