交通事故の被害者は、加害者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を取得します。この不法行為に基づく損害賠償請求権については、加害者は、損害賠償債務の発生と同時にこれを履行する責任を負い、被害者からの請求を待たずに遅滞に陥る、と解釈されています。


これは、物的損害、休業損害、後遺症による逸失利益…といった損害項目の如何に関わらず、全ての損害について、一個の請求権が事故の時点で発生することを意味します。


この不法行為に基づく損害賠償請求権についての一般理論が、「交通事故の被害者の破産」の場面では、重大な問題を引き起こします。



破産法では、「破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産は、破産財団とする」とされています(固定主義、破産法34条1項)。そして、破産財団とされる財産については、管理処分権が破産管財人に専属します(破産法78条1項)。


上記の不法行為の一般理論と破産法の固定主義を、交通事故の事例に形式的に当てはめてみます。



 例えば、平成23年6月1日に破産手続開始決定があった場合、破産者が交通事故にあったのが平成23年5月31日ならば、物的損害はもちろん、(具体的にはまだいくらになるのかも分からない)休業損害や後遺症による逸失利益も全て、一個の不法行為に基づく損害賠償請求権として破産財団に属し、破産管財人が換価して配当に回されることになります(破産者が交通事故にあったのが平成23年6月2日であれば、不法行為に基づく損害賠償請求権は、破産者が自由に処分して良い新得財産、という結論になります。)。


 しかし、交通事故に基づく損害賠償請求権の内、事故に起因する休業損害・後遺症による逸失利益といった消極損害は、「事故がなければ破産手続開始決定後の就労によって得ていたであろう利益」を補填するものです。 そして、破産者が「破産手続開始決定後の就労により得る利益」は開始決定後の新得財産として当然に自由財産となるものです




 破産者が事故の被害に遭わず、破産手続開始決定後も従前通りに就労していた場合には、就労による利益は破産財団に帰属しないことからすれば、偶然の事故のため生じた休業損害・逸失利益についての保険金請求権が配当の原資とならないとしても、何ら破産債権者を害するものではありません。


 ①破産法が固定主義を取った趣旨が破産者の経済的更生にあること、②不法行為に基づく身体傷害を理由とする財産上及び精神上の損害についての損害賠償請求権の法的性格が「1個の請求権として不法行為時に発生し、発生と同時に遅滞に陥る」とされる趣旨も被害者救済のためであることからすれば、「不法行為時に全損害についての損害賠償請求権が発生している」という点だけを強調して、休業損害・逸失利益を破産財団に含めることは、破産法が固定主義を取った趣旨、被害者救済という不法行為法の趣旨のいずれにも反することは明らかです。


 休業損害や後遺症による逸失利益といった消極損害は、実際には、継続的に発生する損害です。破産手続開始決定の前後で区別して、破産手続開始決定前に具体的に生じた部分については、破産財団に属するが、破産手続開始決定後に具体的に生じた部分については、破産財団に属しない新得財産であると考えるべきではないでしょうか(山田尚武弁護士「交通事故の被害者の破産-交通事故の被害者の加害者に対する損害賠償請求権は破産財団に帰属するか-」日本弁護士連合会倒産法制等検討委員会編、個人の破産・再生手続~実務の到達点と課題~ 85頁)。