ぱくぱくとお弁当のおかずを口に頬張る吉田に

「婦長ゆっくり食べないと・・・」

「あ・・・癖で早食いなんですよね。子供にはよく噛みなさいなんて言うのにね」

和やかに食事を終え、午後の外来に田上は入った。

「次の患者さんのカルテです。」

「はい」

「あれ?紹介じゃなくて、新規なの?珍しいね。」

「ええ、うちは基本外来も紹介の方がほとんどなんですが、まあ・・・大きい病院に見て欲しいって
人も居ますからね。新規料金が掛かっても、うちに掛かったことがあるって事が
必要なんじゃないですか」

「・・・?なんで」

「だって、ほら、カルテがないといざって時に・・・ねえ。」

「え?だから?」

「たらいまわし・・・とかいろいろあるじゃないですか」

「たらいまわし!!ぼくの救命はそんな事しません。みんな、がんばって受け入れています」

「もちろん、田上先生の事じゃないですよ・・。」

「・・・・」

まあ、事実そうゆう事も起こりうるし、マスコミはその手の話を大きくして報道する。

「先生患者さん呼びますね」

少々重たい空気になってしまった、すぐにむきになってしまう自分に反省した。

「はい。お願いします」



朝のカンファレンスをおえて、ICUの患者の様子を見て回った。

(本当だ。みんな落ち着いている。よかった)

田上は気分がよくなっていった。

(こんな日もあっていいよな)

自分のデスクに戻り溜まった資料や書き物に取りかかった。静かな午前中を過ごした

昼食を時間どうりにとるのも数週間ぶりだった。時間の概念は救命には存在しない

寝るのも休憩も食事も勤務時間内は存在しないのだ。空いてる時に食べて、休む。

これに、慣れるのには少し時間が必要だ。

学生の時は決められた時間に食事をするし、休憩もとれる。

(そういえば、インターンの時分はお腹がなってしまって、困ったことがあったな…慣れは怖いものだ)

食後はコーヒーを飲む人が多いが田上は日本茶が好きだった。なんだか、ホッとするし

トイレが近くならないのも、緊急の時には助かる。

(午後は外来の手伝いをしなくてはな。)

日本茶をすすりながら、腕時計に目を向ける後15分休み時間はあるが、外来に向かおうかと思いながら、もう一口お茶をすすった。

(さあ、行こうか)

食堂のトレーを戻しに席を立った。

「田上センター長、ここでしたか。」

振り返ると、救命の看護婦長がそこにいた。

「吉田婦長、どうされました?何か急用ですか?」

「いえいえ、違います。もし緊急なら携帯鳴らしますよ。珍しく時間が取れたのでお昼でもと

思って・・・でも、もう済んじゃいましたね」

少し残念そうな吉田をみて、

「まだ、時間がありますから私はお茶ですがご一緒しますよ」

ニコニコと田上はしながら席を促した。

「そうですか?引き止めちゃったみたいですみません。もう何年も看護婦はしてるんですが

一人でお昼とるのはあまり好きじゃなくて・・・すみません」

そう話しながら吉田は田上の促した席に腰をかけた。

吉田は田上より年上だが、とても可愛らしい印象の女性だった。

しかし、この総合病院の中で最も過酷な救命の婦長をしている人物な訳だから

現場の彼女と今目の前で一人で昼食を取りたくないとすまなそうにしている彼女とは別人

だと、思っていた。

吉田には子供が2人いる、結婚は早くは無かったのでまだ4歳と1歳の女の子がいる。

子供は病院内の託児施設に預けていて、今日はお弁当を作る日だったようだ。

お弁当箱の中身は子供の好きそうなタコのウインナーや卵焼き、プチトマトなどが見えた

「お子さんと同じお弁当ですか?色とりどりで美味しそうですね」

「ええ、今日は週に1度のお弁当の日なんです。子供は嬉しそうですけど・・・朝忙しくって」

それでも、なんだかうれしそうに話していた。



晴れわたる空の下、5月の風が心地よく吹く。

通勤の道すがら、タンポポが黄色い花をたくさん咲かせていた。

立ち止まりほんの少し見入ってしまった。

(毎日が忙しい救命医にもこんな時間があってもいいよな・・・。)

白衣を着ていない時間の方が少ない自分への安らぎ。

病院と自宅の通勤途中の一人の時間。あえて、この病院までの数分間だけは携帯の電源はマナーモードにしている。

始めは電話がかかってくるかもと、ハラハラしたが最近ではこのひと時を大事にしている。

田上は救命一筋で、今はセンター長を任されていた。38歳はかなり若手だがその分体力はある。

勉強熱心な田上は、体力と医者としての能力を存分に発揮していた。

仕事は多岐にわたる医療を求められるものだが、それもいい緊張感の中対応してきていた。

毎日願うのは、今日一日救える命を救いたい、出来るなら搬送が少ない一日になるように。

搬送が少ない事はほとんど皆無なのだが、それでも少なければ命の危機に遭う人が少ないと

いう事になるのだから。どうしても、願ってしまう。

(さあ、今日もがんばろう)

少しだけ小幅を広げ田上は病院に向かった。


「おはようございます、センター長」

明るい声で挨拶をしてくれたのは、救命医の渡辺千穂だった。

「おはよう、夜勤明けだよね。お疲れ様」

「はい、お疲れ様です、昨日の夜は平和だったんですよ。」

「おお!良いことだよね。」

「はい、珍しく搬送も一人だったし、ICUも静かで、私ここにきて初めて仮眠しちゃいました。」

「本当に?なんか、嵐の前の静けさみたいで怖いな・・・」

「センター長・・・ネガティブですね?」

クスクスと渡辺は笑っていた。

確かにここは毎日かなりの人数の搬送がある。そしてほとんどが命の瀬戸際な人が多い。

そんな静かな夜があるのかと、田上は信じがたい思いで渡辺の話を聞いていた。


「まあ、渡辺先生は、奇跡の夜を体験したんだね。僕も今まで体験したことはないから
羨ましいね。さあ、それでも夜勤明けには代わりは無いんだから、早く上がりなさい。」

「はい。そうしますね。あ疲れ様でした。」

軽快な足取りで更衣室に渡辺は入っていった。

(本当にいつも元気な人だな)

田上も自分のロッカーのまで白衣に着替え今日の仕事にむかった。