当時、誘拐であろうことは捜査本部のなかでも話はついていた。ただ、金銭の要求などがない事から事件事故両面からの捜査になった。

自宅付近の聞き込みや、居なくなったであろう学校からの帰り道。夏休みの最後の週に学校に1~2時間通うサマースクールが行われていたので、そこから誘拐されたと考えた。

ただ、捜査に必要な目撃者も物証もなかった。

すでに2年。母親とは今回初めて会ったが警察自体に不信感を持っているように感じ取れた。
無理もない・・・

いなくなってから10日後、愛娘は見つかったのだから。

最悪の状態だったと聞く。死体の腐敗状況は凄まじく、一見したところではなにか黒いものが
そこにあったらしい。

それは、とても大きなクロハエで大体1.5センチほどの大きさだったらしい

それが、女児の体を覆っていた。凄まじい数のハエとその子供・・・ウジ虫、うす黄色い目も足もない5ミリにもなりそうな大きいものから、次の成長段階に入ったさなぎ等も混ざっていた。

他にも、甲虫の類の虫が身体を覆っていた。真夏の河川敷、雑草が生い茂る中で異様な匂いに虫や鳥などが集まってほぼ、死亡時期など判定が難しい状態だったようだ。

発見に至ったのは、たまたまその日川でジェットスキーをしに来ていた20代の男性がトイレに行きたくなって、接岸したところ異臭を感じて見に行ったため見つける事が出来た。

もし、男性がそこに行かなかったのなら、今現在も見つかっていなかったかもしれない。

鑑識の馴染の捜査員の話では、現場はあまりにも悲惨で惨かったそうだ。

検視結果などはまだ見てはいないが、死因は頸部圧迫による窒息死だそうだ。身体には暴行の後も確認されていた。どうしたら、まだ、10歳にもならない女の子にその様なことが出来るのか?

怒りや憎しみ、悲しみ、人間として最大の復讐心そんなものすべてを生み出してしまう。

犯罪は沢山ある、でも許せないと平常心が壊れる事件の1つだと田岡は思っていた。

「ほんと、この時間は人も車も殆どいないな。ゴミだしする主婦も今の時間だいたいなんかのドラマとか見てる時間だろうし、学生はまだ寝てるか・・・ダラダラしてるよな。」

「そうですね。本当に一人もすれ違わないですね。なんだか、ちょっと気味が悪いですね」

「うーん、まあそうかもな。人が多いところに居ることこの方が多いからな」

ふと、時間が止まっているかのような錯覚に陥った。音が消えたようにも思えた。
見上げた空は、青く遠くに白い積雷雲がみえた。

首筋から落ちる汗。コンクリートの照り返しの中熱い風が舞い上がる。鼻から息をするのも少し辛い。また、今日も記録的猛暑になるだろう。田岡は2年前の事件のことを考えていた。

長くつづく熱帯夜に苦しめられていたあの日。ほとんど、睡眠がとれていなかった、疲れが体のあちら、こちらに出て夏バテのピークだった。

捜索願が出された。捜索対象は小学3年生の女児佐々木潤。

当初所轄はすぐ帰ってくるだろうと、両親にも話していた。捜索願が出されても大体がその後2~3時間で本人が帰宅することも多い。書類を書くほうが大変だと思うくらいだ。

だが、女児は帰ってこなかった。本格的に所轄が動き出したのはほぼ24時間経ったころからだった。

だが、どこでいなくなったのかも掴めなかった、神隠し。今の時代そんなことを信じている捜査関係者はいない、でもそんなことが起きてしまったかのようだった。

さっき、シキカンで行った家。佐々木家の長女、母親はとても女の子が欲しかったようで潤が生まれてきてからは子煩悩に輪が掛かった。長男の達弥も妹を可愛がっていた。勿論父親もだ

毎日、所轄に来ては捜査の進行状況を聞きにきていた。見る間に母親美佐はやつれていく。

顔からは生気がどんどん無くなっていき、始めはほんの少しの化粧っ気があったが2日目からはすっぴんになった。眉も書いていないので眼だけが落ち窪んでギラついて崩壊していくのがわかる。

4日目からは、風呂にも入ってないのだろう髪は乱れて毎日同じ服で痩せていく。

そんな、母を旦那も息子も止められなかったことだろう。
太陽は容赦なく、降り注ぐ。昼前の気温がどんどん上がり始める時間帯。
車も人もいない住宅街。暑い。

口に出しても気温が下がるわけではない。分かってる、そんなこと。でもまた
「暑い。」とこぼしてしまう。

「なあ・・・」

不意に田岡が話しかけてきた。

「はい?」

「町田さん、2課でしょ?なんで、殺しのシキカン俺と組んでるの?まあ組まされるのは上が決めることだけど、増員かかったんだよね?」

「はい。そうです。今までは、基本ごんべんでした。」
(息巻いて、警察用語つかった・・・詐欺担当言い直そうかな・・・)

「あの、詐欺事件を担当していました。ですから、殺しは初めてです。」

「そうなんだ。ごめん気使わせたかな?嫌味とかじゃなくて、この仕事してるとなんか気になる事とか放って置けないからさ。」

(だから、尋問みたいだったのね・・・)

お互い今日が初顔あわせになる。本庁の1課の警部とシキカン組むとは思ってなかった。
今回の事件で浦和西署に帳場立つことはだいたい分かっていたが、まさか自分にも声が掛かるとは考えてはいなかった、昨日の夜の現場には、係長に言われて出向いたからあんな無残な事が起きてるなんて想像すらしてなかった。

目を閉じるとあの子の姿がありありと浮かぶ。匂いまでも鮮明によみがえってくる。

昨夜から、ほとんど、コーヒーしか飲んでいない。出来れば一度家に帰って全部脱ぎ捨てたい。体や髪に染み込んでいる気がする。

亡くなった高橋みなさんには申し訳ないけど・・・死臭が体にまとわりついて、離れない。


「初めてか・・・初めての殺しが今回の事件だときついかもな。」

田岡に言われ、弱音が出そうになった、その上涙も・・・
(ダメだ。耐えろ自分)

「はい、でも平気です。今までも亡くなった方を見てきましたから。」

そうよ。首つりも、自殺も見てきたじゃない。人生に絶望してしまった被害者が自殺してしまう事はある。

「そうか。次は田中勇次だな。佐々木達弥の家からそんなに離れてないな。」
「はい、ここの角を左にまがりその先の3軒目の家です。」