私が小学生だった頃、伯父の所有する山に樟脳炊きの吉蔵さんという人が住んでいた。吉蔵さんは目に一丁字もない無学の人であったが、何時会ってもニコニコとして何の不平も不満も訴えることなく、日がな一日黙々と樟脳炊きをしていた。或時、従兄に連れられ山に鳥撃ちに行き、吉蔵さんの小屋に立ち寄って一休みしていた折り、従兄が傍に置いてあった役場の領収書に目をやりながら、「一回持って行って二円五十銭とは、樟脳炊きは儲かる仕事だな」と吉蔵さんに声をかけると、「いや私が役場から貰ったのは一円と幾らで、その半分ぐらいです」と吉蔵さんは答えた。「しかし、この領収書には二円五十銭と書いてあるのに、実際にはその半分とは、全くけしからん。俺が役人に懸合ってやるから、今から一緒にゆこう」と、吉蔵さんが文字を読めないことをいいことに、すまして搾取している役場のやり方に腹を立てた従兄が憤慨して言うと、吉蔵さんは「いや、それでいいのです。里から何里も離れたこんな山奥まで、わざわざ樟脳の受け取りと代金の支払いに来て下さるんですから、半分は足代みたようなもんです」と言って役人への感謝の気持ちを述べるばかりで、これを詰める様子など露ほどもなく、これには憤っていた従兄も拍子抜けの感がありありで、狡猾な役人への不平や、それに無頓着な吉蔵さんへの不満をブツブツ言いながら下山したことであった。
当時、私はまだ小さかった故、二人のやり取りや憤りながら下山する従兄を見ても、どちらがもっともであるのか判断がつかなかった。しかし、このことを今にして思い起こせば、従兄の言ったこと、そして憤りは世間一般の常識からすれば至極当然なことと言えるが、吉蔵さんは一年中山に居て樟脳炊きをしながら、腹が減ったら山菜や野草を採って食し、くたびれたら木陰で休息するといった無支配、また無被支配の生活をしていたから、役人の搾取を従兄に告げられたからとて、それを反対に善意に受け取るような底抜けのお人好しであった。つまり人世の掛け引きなどは疾うに超越し、正に天地と同流していた幸福者で、老子の「無為而為」を地でゆく真人であった。