◎その由来と歴史
現在(昭和37年頃)、日本の武道界では合気術が柔道や空手と共に大流行を来たし、欧米諸国まで普及してフランスなどでは警察官の必修科目とまでなっていると聞くが、それ程の武術が何故、今まで世間に知られず、近頃になって多くの人の支持を受けるようになったのかと誰でも一応疑問に思うであろうが、それには理由がある。
元来、合気術はその淵源を鞍馬八流に発し、長く会津藩のお止め流として一子相伝の秘儀とされ、誰でも教授する資格が与えられず、藩主側近の極めて限られた範囲の人だけが教えを受けていたものとされている。
◎その習得の容易性
昭和のはじめ、この合気術の修行者が一般に公開したところ、実践性に富んでいるので、たちまち大流行を生じたのである。しかし、正統な合気術の奥義皆伝まで教えているわけではない。合気術はだいたい千二百年の長い歴史をもっており、途中歌舞伎に交じって日本舞踊を生み、その形は躍り手の一手一足に現れ、体の捌き、手足の動き、目の配り方など日本舞踊と一致しているところからその習得は既に武道などには縁がないと思っている中年者にも、か弱い女性にも容易に出来る。しかも今日でも直ちに実際に役立つ武技である。合気術は昔から二帖武術と云われた程で、寸帖の間でも活殺自在であるところに他の武技と異なる価値があり、また自分の身近に危険が迫った時、初めて用いる技で真にやむを得ずして行う護身術であるから、濫用して暴を振るう余地がなく、決して相手に傷害を残すようなことがない。ただし、相手が殺意を以てかかってくれば拳法を用いてこれを倒すのである。
◎その真価
人間に例えば十の力があるとして、相手を突いたり蹴ったりする場合、その手や足の一部の力では自分の持っている全力、つまり十の力を出し切れるものではない。合気術の基本は合気(十の力)をどのようにすれば出せるかを修行会得することである。この基本を修得出来れば、十の力を足にも手にも移すことができ、足に移せば殺法、手に移せば拳法となり、指一本で相手を倒すことが出来る。これを動に変えると云う。また静に変えれば自分の力を全部抜き去って真玄の気に還り合し、暖簾に腕押しで相手の攻撃力がなくなり、再度反撃する時は千変万化、その技は千八百八十四の多きに変わる。
◎一ヶ月で護身術となる
昔の武は技を煉るものではなく、心を煉るものとして技よりも心の修煉を重んじ入門しても一定の期間は、水汲み掃除等の雑用をさせ、その期間に自然と心の持ち方、身の構え方を知らせ、それから技を教え相当の期間が経ってから以心伝心または口伝を以て奥義を授けたものである。凡て稽古ごとと云うものは、生け花、茶の湯、書道、或いは剣道柔道空手などは勿論のこと、一ヶ月や二ヶ月の修行では役に立たない。しかし合気術だけは仮令一ヶ月だけでも立派な護身術となる。他の武道は周知の通り段位制度といって或る技を修得し、その技の煉磨の程度によって段位が決定される、だから初段の人も二段三段の人も覚えた技は同じである。ところが合気術は箇条制度といって、一ヶ条までしか進めず途中で修行を止めなければならなかった場合、教わっただけを覚えておれば、それだけても立派な護身術となり得る。
◎導引•服気法を怠るな
合気術は何処までも受身であり、暴力の危険から我が身を護るためのものだから、特に受身にある女子のためには男子に無い特別の技があり、非力よく大の男の暴力を挫く秘技が用意されてある。しかし、それには自体内の気の充実ということが大切だから、気の修行、気の扱い方、気の充填法ということを常々忘れてはならない。これは男子の場合も同じことである。それで道家の表行たる導引•服気法に徹底することが技の上達の条件、技だけ覚えても気が乗らなければ合気にならない。
                   - 終わり -