"シグネイチャーモデルの話の前に、手にしてきた数々のギターの話を概括的にうかがいたいのですが、そもそもギターという楽器を認識したのは?中学の頃、洋楽を聴くようになったんですが、それまでは音楽自体をそんなに聴いてなかったんですね。洋楽を聴いて衝撃を受けて、そこで初めてギターとか楽器に意識が向いたんです。そうしたら、家にクラシックギターがあると。父のものだったんですが。そこからご自身がギターを弾
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くようになるまで、そう時間は掛からなかったということですが、最初に入手したギターはストラトタイプだったとか?そうですね。楽器店に行って、当時好きだったアーティストに近い赤のストラトタイプを。もちろん、その前に雑誌とかを見たり、カタログをもらいに行ったりはしましたけど。初めてのエレキギターを弾いたときの感触は、今も覚えていますか?うれしすぎて楽器と生活を共にするというか。ホントに抱きながら寝るくらいの感じだったと思いますよ。中学2年くらいからバンドをやっていたので、そういう仲間と集まって弾いたり。その頃、もうJも一緒にいましたから。中学3年くらいまではストラトタイプを使ってましたね。INORANさんにとってはフェンダータイプのギターは当時から大きな存在だったのでしょうか?いま考えるそうだったと思います。1990年代中盤までは古いものを良しとしないアンチが含まれている感じ。だからすごく挑戦していましたよね、特にSUGIZOと俺は。
最初のギターですからね。その後、LUNA SEA初期に使用していたレスポールタイプを経て、ESPでオリジナルモデルを製作するわけですが。10年以上にわたって様々なモデルを製作をした経験から得たものもありましたかうちのバンドのスタイルというか考え方がすごく変わっていて。音楽に対しても楽器に対しても、人と同じことをやっていては突き抜けることができないという。特に10代の頃はそういう考えだったんですよ。たとえば、ストラトとかレスポールがあるとするじゃないですか。いわゆる王道と言われるギターですね。古いもの=良い
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、ではないんです。新しく良いものが生まれないわけがないという考え方だった。ESPでオリジナルモデルを作るということも、その表れのひとつですよね。その1本目がレスポールシェイプに3シングルピックアップを搭載した斬新なモデルですね?そう。それまでにないもの。ない組み合わせ。まぁ、いま考えると理に適ってないんだけどね(笑)。LUNA SEAのギタリストとして、たとえば、ピエゾやシンセドライバーの内蔵などもINORANさんのプレイならではの発想から生まれた実験的なギターだと思うのですが、一方で、『SHINE』(1998年7月)のレコーディング中に1963年製のストラトキャスターを入手しています。"