サインポスト愛加

サインポスト愛加

スピリチュアル書家です。

Amebaでブログを始めよう!

最近感じること。。。はぁと♡


「自分の本当の気持ちを伝えたい時や、相手に感謝の気持ちを伝えたい時は

 かならず手紙を書くこと」


これは、私が子供の頃から母に言われてきたコトバ。スマイル


その言葉を最近とてもよく実感することがある。


入社してから、先輩後輩を含めて20人近くの人を退社で見送ってきた。

最近もまた4人見送った。


一緒に働いた期間はさまざまで、数か月の人もいれば、何年も一緒に過ごした人もいる。

私は、そのすべての人それぞれに、

一緒に仕事をした最後の日に、必ずその人のイメージで選んだプレゼントと、手紙を渡してきた。


前日に、その人と出会ってからの時間を思い出し、

一緒に話した会話や内容を思い出す。

「あんなこと言ってたな~」とか、「こんな言葉をかけてくれたなあ」とか。。。

そんなことを思い出しながら、手紙に想いをしたためる。('-^*)/

最後の日。。。

渡した後の顔もさまざまで、

笑いながらお別れを言ってくれる人もいれば、泣き出す人もいる。

手をにぎってお別れを言ってくれる人もいれば、たんたんとしている人もいる。


私の思いは必ず伝わってほしい。

そう思いながら、一生懸命手紙を書いてきた。


この場所で出会って、どんなに短い時間でも一緒に仕事をしてくれたことに感謝。そう思いながら。。。^^


そして、これも不思議だけれど、

20人くらいの中で、手紙の返事を書いてくれた人は6人。

手紙とプレゼントをくれた人が2人。

あとは、なんの音沙汰もなかったかな。


でも、その中で、もらった手紙の返事は、今でも私の宝物になっている。

返事をもらって読むたびに、涙が出た。てへ

その人と休憩に行ってランチを食べたり、忙しい時間一緒に仕事をこなしたこと、

かけがえのない時間をいっぱい過ごさせてもらったことを思い出したら、そのつど涙が出た。♡


「愛加さんと出会ったことで、人間的に少し成長できたような気がします」

「私の求めていた答えを、愛加さんと出会って教えてもらいました」

「この場所で、あなたに出逢えてよかった」


今でも、時々開いて読んでみる。1


母が言っていた意味が、今は痛いほどにわかる。

どんなに立派なことを言っていても、こんなとき、

その人がどんな人間だったか思い知る。

それは、プレゼントを返してもらいたいとかそういうことじゃなくて、

忙しい中、相手も返事を書いてくれること。

これは、ひょっとしたら、人として、当たり前のことなのかもしれない。


それは、相手の気持ちに誠意を持って答えるということ。kitty

忙しくて時間がなかったとか、

字が下手だとか、

そういうことではなくて。

汚い字でも、どんなに時間がなくても。

たとえ寝る時間をおしんでも、相手に対する感謝の思いを伝えることはとても大事なこと。


母は、今でも、私にも、誰に対しても、

手紙を書いて送っている。

それが、どんなにすばらしいことか、今、身を持って体感している。


そして、返事を書いてくれた人に、とても感謝している。

どんなに感謝しても、伝えなければ伝わらない。

思っているだけでは、何も伝わらない。

だから、感謝の気持ちだけは、必ず手紙を書きなさい。

想いは、メールでは伝わらない。

その人の自筆から、伝わってくる思いが必ずあるから。。。(^∇^)


母は、いつも私にそう言っていた。


今は、わかるよ。

コトバの大切さと、コトバの偉大さを。び


これからも、私は送り続けるだろう。

これも、きっと修業かな。マイメロ♥


お久しぶりです。。。得意げというか。


去年の12月5日、私のバースデーにブログを書いてから、約1月半ぶりのブログかな。


まぁ~~、あれからいろんなことがありましたうびゃーん

実は、去年の11月に、ファーストディグリーのレイキを受けに行ってました。

それから、誕生日がやってきて、

こころウキウキ、はいじちゃんとランチやら、プレゼントやらもらって楽しく過ごしたあと、やってきましたっ!!

いろんなことが次々と~~~( ̄▽+ ̄*)


わたしにはジンクスがありまして。。誕生月の12月には必ずといっていいほど、何かが起こるんですどくろ

それに気づいたのは、約6年前。

主人が仕事で大怪我をして、緊急手術と、2か月の自宅休養。

しかも、その日は私の誕生日だった(。>0<。)

言うまでもなく、それはつらく悲しい誕生日になってしまった。


それから、毎年のように起こり始めた現実。

ある年は、交通事故を起こし。

ある年は、救急車で2回搬送され。

ある年は、のどを痛めて10日間声が出なかったし。


6年前から、私にとって、嬉しいだけの誕生月ではなくなっていた。

毎年、祈るように、ただ年末が過ぎるのをひたすら待つようになっていた。


そして、今年は。。。

まず、咳喘息になって仕事を1週間休まなくてはならず。

2週間あまり、夜中の咳に苦しみみっちょ

そのあと、仕事場の問題が勃発。

もちろん、それは私のせいではないのだけれど。


そして、2回目のレイキセカンドディグリーを28日に受けに行き。

やれやれ、、、12月は終わったと思ったら、

母との大喧嘩。

そして今度は、

年が明けて正月明けに身内がなくなり、お葬式になってしまった。(x_x;)

買って帰った卵のパックを落として割り(笑)、

水をやろうとして抱えた植木鉢の鉢を手をすべらして割り(笑)、

買い物に出かけたらマフラーを落としてなくし(笑)、

片方の手袋は行方不明になり(笑)、

いろんなものがこわれたり、なくなったりした。し^らない

ここまで来ると、笑えるくらいに情けなくなったりして。。。


起こることすべてに意味があるってよく言うけど、

起こりすぎやろショボーン(??)なーんてね。

起こりすぎて、受け止め続けるのに疲れてた。(-。-;)


1か月あまりの間にかけぬけていったさまざまな出来事に、

最近笑えなくなっていた私。


そんな時、ふと、あるブログを見つけた(´□`。)

それは。。。「誕生月にはなんらかのシフトが起きる」というブログだった。

誕生月、または誕生月1か月前後に、毎年印象的な出来事が起こるという方がいて。。。

別れ、転職、引っ越しなど、楽しいことも含めて、

つらいこと、大変なことが起こるという。


でも、それは、次にすべきことへ向かって、潜在意識で大掃除が始まるのだという。

必要なもの、不必要なもの。。。と、さまざまなことを振り分けされるらしい。

そして。。何年もたってから、

あ~あの時の経験は今のこのためだったんだなぁと思いだすことがたくさんあるそうです。

それを、誕生日をはさんで、良き悪き思い出として脳裏にきざんでくれているからなんだって。


なので、もしあなたが誕生月なのに、気持ちがぱっとしないと思っていたら?

ご安心ください。にこ大成功でーす(笑)

起きていることは、すべて完璧なタイミングです。丸ごと受け入れてみてください。

。。。。そう書かれてあった。


そして、心配してくれていたはいじちゃんの助言メールで、気持ちがすこーし軽くなり(ノ_-。)

あとは、いつものように娘に聞いてみた(笑)

「お母さんさぁ、最近いろんなことがありすぎて、結構疲れてたんよね。こんなときは、どうしたらいんやろ?

彼女はけろっとしてこう言った。

「まぁ、七転八起ってやつ?  七回転んでも八回目に起きればいいんじゃない?」クーバー

いつものことだけれど、なんか彼女の発想にはいつも度肝をぬかされる(笑)


そしてそして、、、

抜群のタイミングでやってきた:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

ある歌手が歌う歌詞の1節。

昨日、ふらっと買い物をしに寄った店で耳に流れてきた音楽。

ニコニコ


LIFE 僕を生きる

もがきながらでも

自分という心で


LIFE 泣いた昨日

立ち止まった昨日

すべて明日につながる



泣いた、、、泣けた。そうとう泣いた。

人がたくさんいるこの場所で、涙があふれて止まらなかった。Y(>_<、)Y

なんていうタイミングで降ってきた歌詞。

それは、まるで今の私の心を表していて、

どうすれば進めるのかのアドバイスのようだった(*^ー^)ノ


そして、歌詞は続く。


なにを信じ、どこに進むの?

自分しかしるはずのない

未来へ向かい


何を選び どこに渡すの?

LIFE 悔やんだ昨日

逃げ出した昨日

すべて明日につながる


弱さをそっとあなたに差し出す

はじまりのとき


目の前の扉を開けば

はじまりのとき




それは、綾香さんの歌でした。(^▽^;)

題名は、はじまりのとき   です。

そういえば、たしか去年の紅白の時、ちらっと耳にしたはず。

でも、忘れてた。にこ

でも、この曲で救われた。

人って、何に助けられるかわからない。(;^ω^A


あなたも、ぜひこの曲を聴いてみてください。

こころに、じーんと染み込んできます。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

どうにか、立ち直れそうです。ほっ




昨日12月5日は、私の誕生日でした(*^▽^*)


前から、この日に合わせて休みをとってくれていたはいじちゃんが、ランチをごちそうしてくれるということで、

おいしいランチをいただきました。イェーイ!


サプライズの花束のプレゼント
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今の愛加ちゃんには、紫って感じがしてね。。。と言って、とっても粋な感じの花束と。。。

そして、「ちんすこう」という名の沖縄の雪塩。。。

そして、トンパ文字の「愛を運ぶ」マークのはんこと。。。

そして、日本で一番浄化作用が強いと言われている塩、その名は「ハマネ」と。
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素敵な香りのするこれまた紫のバラの花。

それからそれから、この間滑川渓谷にご一緒してはいじちゃんの職場の方から、

私の誕生日に間に合わせて作ってくれた大好きなピンク色のマフラー。

しかもお花付き(笑)


大好きな人と過ごすゆったりとした時間と、

42年前に生まれたこの日の自分を想像する楽しさ。ニコニコ



実は、12月5日の私の誕生日に間に合うように、

前日に母への手紙とプレゼントを送っていました。

はんさんが母のために書いてくれた書も一緒に。


「42年前の今日、12月5日。

 私をこの世に送り出してくれて、ありがとうございました。

 あなたが産んでくれたおかげで、いろんな経験をすることができています。

 今の私があるのは、あなたのおかげです」


今まではずっと、誕生日はいろんな人からお祝いのメールをもらうのが当たり前だった。

でも、いつかの本で、

本当は、誕生日は祝ってもらう日ではなくって、

産んでくれた母親にお礼を言う日というのを読んだ。得意げ

だって、子供が生まれた母も嬉しかった日だから。。。


それが、ちょうど40代になる直前の39歳を迎える誕生日の時だった。

そのとき、初めて今年と同じような内容の手紙を母に送った。


母はびっくりして、電話をかけてきた。((((((ノ゚⊿゚)ノ

「まさか、娘の誕生日に、娘からプレゼントと手紙が届くなんてね」

母はそう言って、嬉しそうに笑ってくれた。

「30代最後の年を、どうか大切に生きてね」

そう応援してくれた。


そういえば、母はいつも、私のいい時も悪い時も、

応援したり叱咤激励しながらも、だれよりも私の味方でいてくれた。

つきはなされたこともあったけれど、

でも数日たつと、必ず電話をかけてきて

けっして、私を見放すことはなかった。


だから、今年も手紙を書いた。


はいじちゃんと別れてから、帰り道ケーキ屋さんに寄った。


帰ると、娘がこっそりとプレゼントを出してきてくれた。


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「学校から帰って急いで花屋さんに行ってきたんよ。

 2000円ぐらいするかと思ったら、思ったより安くてよかった。(笑)」


「いいんよ、安くても。。。

 その気持ちがお母さん,嬉しいんやけん」

私もそう言って笑った。

ちょっと涙がこぼれそうになった。。。


メッセージカードには、こう書かれてあった。


「お母さん、いつも仕事頑張ってくれてありがとう。

 これからも、元気で笑顔を見せてね。家族一同より」光ちゃん


うん、年を重ねるのも悪くない。

ピンクが大好きな私だから、

50歳になっても着れるぐらい、心は元気でいよう。


ありがたいなあ~ニコニコ

こうやって、メールをくれる人がいて、

一緒に祝ってくれる人がいて、

想ってくれる人がいて。。。。


生まれてきて良かった。≧(´▽`)≦

みんなに感謝です。


素敵な誕生日を過ごさせてくれて、ほんとうにありがとうラブラブ



昨日は、久しぶりの休日だった。


本当ははいじちゃんと2人でどこかに出掛ける予定だったんだけれど、


はいじちゃんの職場の仲良しの方のお誘いで、


滑川渓谷(なめかわけいこく)という場所へ、3人で散策に出かけることにした。


その場所は、なんでも、「龍の腹」や、「龍の尾」とよばれるような場所があるという。叫び


「今日は龍づくしの旅になるかもね?」


そう笑いながら、出かけた。にこにこ


行く途中で、私たちにご縁のある「水天龍王社」という場所へ、寄り道することにした。


そこで見たのは、今年の初めに、私が書いて奉納させていただいた「龍神」という文字の額が飾られている。


神社という別格の場所に飾っていただいているのが、とても嬉しくて気持ちがほっこりした。



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そのあと、滑川渓谷へ向かった。


往復1時間ちょっとの山道を、散策道にしたがって、歩いていく。


風が流れ、紅葉がオレンジ色と黄色のハーモニーをかもしだし、


横には、川や、泉のようなきれいな水や池があり、自然の美しさをはなっていた。


しばし、現実を忘れ、一番奥にある滝壺の横に腰をおろして、私たちははいじちゃんが作ってきてくれた


おいしいコーヒーをいただいた。('-^*)/  なんていう贅沢スマイル


でも、今日中に仕事への答えを出さなきゃいけない。。。


頭の中では、ぐるぐるとそれがまわっていた。


帰り道、はいじちゃんとアーユルヴエーダのお茶を飲ませてくれる喫茶店に立ち寄った。


「あれから1週間、考えても考えても、答えが出せんのよね」ガーン


はいじちゃんは、私の話を聞いてくれたあと、自分の意見を話してくれた。


「答えが出ない、迷ってるってことは、まだそこに未練があるってことよ。


 本当に辞めたい時って、スパッとやめるやろ?

 

 新しい仕事を探すのにもパワーがいるし、面接に行くのもそう。


 仕事を覚えて慣れて、ずっといてくださいって言われる存在になるまでには、時間がかかる。


 難しい問題だけど、次の仕事がすぐ見つかるかどうかもわからない。


 必要としてくれているのなら、もしかしてそこにいるべきなのかもね」


 そう励ましてくれた。(´0ノ`*)


 「帰ってから、もう1回頭の中を整理してみるよ。得意げ とにかく、今日中には答えを出さなきゃね」


 そう話して、別れた。それからも、ずっと考え続けた。。。


 そして、今日。


 いつも通り仕事を終えた私は、上司と話をすることにした。


 「この1週間、本当に悩みました。悩んで悩んで、ここに残って仕事をさせていただくことに決めました」


 上司は、笑いながら、「良かったにひひわかりました」と言ってくれました。


 そしてまた、上司の上司も、どうしたら私が残ってくれるのか、


 勤務日数を減らせば体調が良くなるんじゃないかとか、もう1人新しい人を入れたら、


 私が楽になれるんじゃないかなど、いろんなことを2人の上司が相談してくれていたことも知りました。


 私の顔は嬉しくて笑顔でしたが、心の中は涙雨でいっぱいでした。カゼあせる


 確かに仕事は大変だけど、


 そんなふうに思ってくれている人がいた。


 私の知らないところで、私の努力を評価してくれていて、やめると困ると思っていてくれたこと。


 こんなに私の存在を必要としてくれている職場なんて、今ほかにあるのかな?


 と思ったとたん、涙が出ました。

 

 本当に最近、ちょっとしたことで感動したり泣いたり、感情表現の激しい私です。(´_`。)


 これも、年を重ねたせいだろうか。。。泣き


 「ありがとうございます」


 「また声が出なくなったときにはご迷惑をかけてお休みすると思いますが。。。」


 その続きを言おうとしたとたん、


 上司が先に、「助けます」と笑顔で言ってくださいました。超照れる


 まだ、私はこの場所でやり残したことがあるんだろう。


 はっきりと、辞めますという気持ちになるまでは、ここでまだ必要とされている間はがんばろう。(ノ◇≦。)


 うん。


 私の決断は、間違っていない。


 はいじちゃんの助言もあって、今日、わたしはひとつの答えを出すことができた。


 職場からの帰り道、私の心はすっきりと晴れていた。ニコニコ音譜


 
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ちょうど2週間前。。。


スピリチュアルの先生のもとに行って、仕事のことを悩んでいた私。ふぅ・・・


ちょうど咳喘息で咳がとまらず、1週間ほど仕事を休ませてもらっていたとき、


気分は絶不調で、体調も悪く、ちょうど治ったころ先生のもとを訪れた。


先生いわく、やめたほうがいいとのことだった。


自分の気持ちも、そちらに傾いていた。


悩んで悩んで、1週間前、その気持ちを上司に伝えた。


私は、もともと人より声帯が弱い。


ここ何年かは、年に2回は、1週間ぐらいまったく声が出なくなる。。。


夕方ぐらいに声がかれはじめたな。。。と思ったら、その夜には完全に声が出なくなる。


電話も出られない、人と会っても話すこともできない。


耳鼻咽喉科に行って、のどの炎症を抑える薬を飲んで、1週間ぐらいまったく発声しない生活を送らないと


いけないのだけれど、そのストレスといったら。さげぽy


なんの病気でもそうだけれど、なった人にしかわからないストレスと泣きたいぐらいの気持ち。


ここ何年か、ずっとそういう日々を送ってきた。


「辞めさせていただきたいと、考えています」と、話した。


上司は、私の気持ちを聞いてくださったあと、もう一度考え直してみてくださいと言ってくださった。


あれから、1週間。


世のなかには、震災のこともあり、仕事をしたくても見つからない人がたくさんいる。


向いていない仕事でも、生活のために必死で働いている人達もたくさんいる。


私が声が出ないときは、「私が代わりに出ます」と言ってくださる上司がいる。


子供の行事ごとには、予定をいえば、休みもくれる。


仕事の内容でいうと、接客の仕事は私に向いている。


ただ、接客がハードなだけで。。。向いていないわけじゃない。かお


世のなかに、自分の好きな仕事をしている人なんて、そうそういない。


私が辞めようとしていることは、わがままなんじゃないか。


でも、この接客を続けている限り、これからも年に数回は、必ず声が出なくなることも確か。


ココロがもんもんとうずまいてた。がーん


そして、今日。


夕食の時、私の何かごとにはポツンと答えを導いてくれる娘に尋ねてみようと思って聞いてみた。


「ねえねえ、ちょっと聞いてほしい話があるんだけど、お母さん、この仕事年内でやめようと思っているんだけど


 どう思う?」


娘 「なんで?」


私 「今の仕事を続けている限り、また今迄みたいに声がでなくなるしね」


娘 「でも、なんの仕事だって、しゃべるんじゃない?」


私 「まあね。行事ごとにはやすませてくれるけどね」


娘 「それに、顧客がたくさんいるってことは、それだけお母さんのファンがいるってことやない?」


私 「で、結果どう思う?」


娘 「やめんでいいと思うけど」


私 「じゃあ、お母さんはいつまでこの仕事行ったらいいんやろ?」


娘 「定年まで(笑)」



なんだか、私まで(笑)が出てきて、あほらしくなってきた。(≧▽≦)


二人でゲラゲラ笑った。


「あんたに聞けば、解決できそうもないことでも解決できそうな気がするわ(笑)」


そう言うと、娘は、「だって、私、O型やもん」


あっさり言われた。


正しいか正しくないかじゃなくて、やりたいかやりたくないか。


どんな仕事場にだって、気の合わない人はいるし、人間関係があるか、仕事がきついか、


なにがしかのリスクはある。


でも、今の職場は、上司は優しいし、同僚もまあまあいいほうの人間関係で。
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仕事は大変だけど、接客業は自分に合っている。


ただ、声が出ないストレスが、私にとっては大きい。


そんなメリットと、デメリットを考えていた。


でも。。。


まだ私の答えは出ていない。