オールド・パーって洋酒の銘柄があるけれど、ものの本によると、イングランドに実在したトーマス・パーという農夫の名前に由来するのだと言う。
1635年に152歳で没したらしい。
長生きだ。とても長生きだ。
しかし、このパー爺さん、元気すぎて、100歳を過ぎてから不義の子供をもうけて教会から説教されたとか、女性に「乱暴」を働き捕まった猛者だとか、いろいろ書かれている。酒のうんちくについて書かれた古い本などでは、現在では使うのも憚れる言葉でパー爺さんの「乱暴」のことが綴られていて、ほんとかどうかは知らないけれど、たぶん、眉唾だろう。
いくら好色でも、100歳を過ぎてからの、「乱暴」は無理だ。
生きた時代がちょっとずれる同姓同名の親族をごちゃまぜにしているから150歳などと、とんでもない「長寿」になったのだともいわれているけれど、そんな「事実」などどちらでもいい。
100歳を過ぎてからも旺盛な活力をもち、152歳まで生きたパー爺さんが「実在」したという「伝説」こそが大切なのだ。
痴漢行為に近いそれらしきことはあったかもしれないけれど、それ以上のことはでっち上げっぽい。
「パー爺さん幻想」に、後世のおとこたちはパブなんかで盛り上がり、で、尾ひれはひれがつき・・・、
まあ、そんなところだろう。
酒の肴として、そんな荒唐無稽な「無理」は話としては面白い。
パー爺の長寿を寿ぐ話でもあるのだ。
だからだろうか、ディケンズやジョイスもそれぞれの作品でパー爺さんに言及しているし、オールド・パーのラベルにうっすら描かれている肖像画は、国王チャールズ1世の依頼で、ルーベンスが描いたものだと言われている。
あのルーベンスが、だ。
https://www.oldparrscotch.com/ より
奥深くに、悲しみを湛えた目だと思う。
ジョイスの『フィネガンズウェイク』の書き出しの三段落目は「The fall」で始まるが、こう書かれている。
The fall (bababadalgharaghtakamminarronnkonnbronntonnerronn- tuonnthunntrovarrhounawnskawntoohoohoordenenthurnuk!) of a once wallstrait oldparr is retaled early in bed and later on life down through all christian minstrelsy.
「The fall・・・ of a once wallstrait oldparr」
この転落は、ウォ―ル・ストリートの株価暴落と(パー爺さんに因んだ)オールド・パーの転落が掛けられているが、『フィネガンズ・ウェイク』の主人公である大工のフィネガンが梯子から転落したことを導くための暗示となっているが、柳瀬尚紀の訳では、「転落(・・・)、旧魚留街の老仁の尾話は初耳には寝床で、のちには命流くキリシ譚吟遊史に語り継がれる」となっている。 (・・・)の部分は、落下音のオノマトペ。
この転落・落下について、「助言者もいないフィネガン(HCE)は梯子から落ちて死に、湖底の墓に埋葬され、そして『落下後の復活』を果たす。居酒屋の亭主として甦ったかれは、しかし、公園での軽罪によってふたたび転落する。かれはこうして『天に至る梯子』を登ろうとしては落伍する。人類もまた、善き意志からであれ、傲慢さからであれ、『梯子』に足をかけて上昇と落下を繰り返す。」と宮田恭子は書いている。 『ジョイスと中世文学』P94
物語は、人類の総体としての「意識の流れ」がエンドレスであり、フィネガンが『天に至る梯子』を登ろうとしては落伍するように、人類もまた、『梯子』に足をかけて上昇と落下を繰り返すことが示されているのであろうが、100歳を超えてからのパー爺さんの女性への「乱暴」も「落下・転落」として、捉えていたジェームズ・ジョイスがいた、ということであろう。そして、パー爺さんの転落はウォール街の株価暴落とセットになっているのである。
ところで、現在の日本では、78歳の衆議院の議長が、セクハラ疑惑で揉めている。
その疑惑だけではなく、一旦、衆議院区割り審の会合でまとまった「10増10減」案を批判する発言など、議長としての資質が問われているけれど、セクハラ疑惑については釈明会見を開くように勧められても、沈黙を守っている。
農民であるパー爺さんが100歳を過ぎてから起こした「不祥事」にはどことなく微笑んで付き合うことができる。
ても、権力を背後にした78歳の衆院議長のセクハラには、怒りよりも、悲しみを感じる。
ぼくらの国の、国権の最高機関の議長がこの程度の人間だったのか、という悲しみである。
78歳で鼻の下が長くて悪いことはない。
しかし、・・・。
パー爺さんを讃えるこんな話がある。
国王チャールズ1世は、「誰よりも長生きした人間は偉大な先人たちと並んでウエストミンスター寺院に埋葬されるべきだ」と宣している、とオールド・パーの公式hpにはある。以下、その文面だ。
トム・パー爺さんは1483年に生まれたイギリスの農民でした。152歳9か月という
並外れた年齢まで生き、10人の君主の治世、そしてエリザベス一世の黄金時代の目撃者
になりました。
長い人生の間に、かれは敬虔な国民的な人物になり、英知と成熟の伝説的なシンボルとな
りまた。
かれの威信に敬意を表して国王チャールズ1世は、「誰よりも長生きした人間は偉大な先
人たちと並んでウエストミンスター寺院に埋葬されるべきだ」と特別な布告を宣しまし
た。
hpの別のところには、”A unique bottle design typifies a different perspective on life.”ともある。
「ユニークなボトルデザインは、人生の異なる視点を表しています」という意味だろうか。
Different perspective on lifeが気になったのだけれど、件のチャールズ1世は議会と対立し、48歳で処刑されている。
パー爺さんの三分の一の人生だった。