ペーソスを表現するためには年季がいる。
『ペコロスの母に会いに行く』(2013)の背後に流れるユーモア(≒諧謔)やペーソス(≒哀感・哀愁)は人生経験の豊富さに基づくものであろう。
森崎東の作品にはどこか妙な味がある。
そこが好きなのだが学生時代に池袋・文芸地下で『黒木太郎の愛と冒険』(1977)を観たのが彼との出会いのはじまりだった。
主演を務めた田中邦衛の記憶は鮮明に残っている。
『男はつらいよ』の三作目、『男はつらいよ フーテンの寅』(1970)のメガホンをとったのは山田洋次ではなく、山田の助監督を務めていた森崎東だった。
それ以前の1967年にはモーパッサンの『女の一生』を脚色し、『さそり』 の脚本を書いている。
68年にはドリフターズの出演映画の脚本も書いていて、更に、69年には『喜劇 女は度胸』『喜劇 男は愛嬌』を監督していることからの起用だったのだろうか。三歳下の山田の何らかの配慮も働いたのかもしれないとも思えた。
守備範囲の広さが窺われるのだけれど、92歳まで生きたかれはとてもたくさんの脚本を書き、メガホンをとっている。
『時代屋の女房』(1983)、『塀の中の懲りない面々』(1987)、『釣りバカ日誌スペシャル』(1994)、『美味しんぼ』(1996)なんかも撮っているし、TVドラマもいっぱい撮っている。
2004年には『ニワトリは裸足だ』が封切られていて、主演は肘井美佳だった。ちょっと前に、Eテレの『大人の基礎英語』のなかのドラマにも出演していた俳優さんだ。石橋蓮司、原田芳雄、余貴美子、倍賞美津子も出演していて期待したのだけれど、タイトルに感じられた諧味ほどの共感はできなかった。
諧謔、そう、森崎東の作品には、さまざまな笑いのかたちを期待してしまうのだ。あからさまな笑いや、悲しみを湛えたかのような笑いや、狂ったような笑いや、さまざまな笑いのかたちを、だ。
もちろん、それだけではない。
『野良犬』(1973)のエンディングでは沖縄問題が顔を出すし、コザ暴動や原発事故がくる『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』(1985) では暴力団や正義の味方からはみ出た刑事たちが出てきたりする。後者のタイトルは『共産党宣言』のパロディなのだろう。
そんな森崎東が『ペコロスの母に会いに行く』を撮ったのは85歳の時で、老いというテーマを、かれ本来のユーモアやペーソスを余すところなく発揮させながら描いている。
ブラックな笑いやナンセンスな笑いが、多分、森崎の中にもあるのだろうけれど、それを直截に表白せず、抑えている。ブラックなものやナンセンスなものを人生という劇場の中で昇華させ得たときににじみ出てくる情感がペーソスなのだろう。
秋の日の
ヴィオロンのためいき
身にしみてひたぶるにうら悲し ヴェルレーヌ
ネットで森崎東の27作品がランキングされていて、『ペコロス』はBランクと評価されていた。
もう一度、言おう。
上質なペーソスを表現するためにはそれ相応の年季がいる。理解するのにも、だ。



