錯覚
本当は、ほとんどの人が自分の死について考えることを嫌がります。私たちは、財産を蓄えることと、きりのない数の仕事に手を出すことに、生涯のほとんどを費やします。まるで、いつまでも生き続けられるかのように。まるで、いつかーーーそれは明日かもしれないし、もしかしたら次の瞬間かもしれませんがーーーすべてを残して去ってゆくということが、絶対に確かなことではないかのように。「ダライ・ラマ こころを導く言葉 365 ダライ・ラマ著」私のひとりごとこのことについては、単純に言えば我々は錯覚しているのだ。世の中全て、終わりがないことを前提に、日々動いている。万人に訪れる死とというものは前からではなく、後ろからいきなりやってきて、あっさり命を奪ってしまう。どんな状況であれ、待ったなしなのだ。そういった意味では、我々の命は実にもろい。そんな時が必ずいつかやってくるのだが、いつかわからない。そのあたりのからくりが、終わりがくることがないかのように錯覚して日々を送ってしまう所以であろう。