「お茶事のお仕事」
夢心亭では一般の料理をしますが、松鈴庵では茶懐石(茶道の懐石料理)を主に行ってきました。
三十代で表千家流の佐野宗以先生に師事しました。
先生は
「私は老後は友達の茶事巡りして遊びたいと思っています」と言っていられました。
ある、電話が来ます。
「〇月の〇〇日に私の家で茶事を開きますから懐石をお願いします。お客様は私のお友達です。全て女性で茶道の指導者達です。四人です。」
何回かのやりとりで当日の献立が決まります。
当日は食材と料理道具を車に積んで伺います。
社中の中に一番気が利く方が作務衣で待っています。
茶席には出ない方です。
そこで打ち合わせをします。
料理屋は完全な裏方ですので茶席を覗くことさえ出来ません。
先生の台所は個人宅ですので複数の料理人が動けるスペースは有りません。
一人だけですから茶事を知る人間だけが入ります。
客も本番の茶事は4〜5名ほどです。
台所裏に炭起こしを準備して焼き魚の下ごしらえをします。
先生が時々見に来られて今日のお客様の事を少しお話されます。
例えば
「自民党と立憲民主党の人が一緒になることは有りません、客の組み合わせは気を使いますよ」
そんな事をお話になります。
そろそろ席入りの時間が近づきますと
「松鈴庵さん見てご覧なさい。あの電信柱の3本目の陰に着物の人が見えるでしょう。あそこで待機しているのですよ。ご案内の時間前に行くとまだ支度が間に合っていないかも知れませんから定刻の5分後に皆で伺うのが礼儀なんです。」
そんな事を教えてくれます。
さて、席入りです。
もう先生とは出会えません。
裏方の方と打ち合わせしながらまずは懐石が始まります。
酒もすすみます。
懐石とは寺の若僧が修行の合間にたき火をしてその中に石を焚べ温めた石を懐に入れて空腹を紛らわすとこから懐石の言葉が生まれました。
少量の飯ですが走りは使わず旬のものだけ使います。
思いやりの集合が懐石です。
社中にこのような気の利く方が居られますと料理屋も助かりますし先生も安心です。
料理も八寸、湯桶香物と進みますと料理屋の仕事は終わります。
先生のお道具の塗り物などぬるま湯で洗い、乾いた布巾で二度拭きをして風通しの良い部屋に広げます。
裏方にご挨拶して帰ります。
料理人としては最大の努力をしますがそれは茶事のほんの始まりの一部でしか有りません。
茶事は沢山の要素の集合です。
私が帰ってから濃茶、薄茶と進みます。
茶のお仕事は大変やりがいが有ります。
ただ料理人の仕事は最初の一瞬です。

※写真はある先生の松鈴庵での水屋の一部です。