悟りの体験(小さな奇跡) | 「理想の自分はすでに在る。心を解き放ち真実に目覚める」

「理想の自分はすでに在る。心を解き放ち真実に目覚める」

リアルハートコーチングのブログです。

前回の更新から半年以上が過ぎてしまいました


半年間、更に自分らしく生きるようになったと感じます


そして、高野山で素晴らしい体験をしてきました


それは「悟り」と呼ばれるものだと思います


外側の世界は何ら変わりがないのに

それはとても幸福な体験でした


きっかけは「宇宙ヨガまつり」という高野山でのリトリートに参加したこと…


それはとても心づくしのリトリートで


スタッフ一人一人のハートが開いていて


しっかりとグランディング(地に足がついている)しており


初対面でしたが居心地のいい空間になっていました




一日目はベジランチを食べ 壇上伽藍を観光し 

光明院のお風呂へ


精進料理のお弁当を食べ


そして ヨガ


夕立が降り、見事な夕焼けが出迎え


その後 <音と舞のスペシャル即興LIVE>


コンテンポラリーダンスと歌の融合


一期一会のカリンバ、シタール、口琴、ジャンベ、チェロ…


即興とは思えない演奏の数々!


そして、最後は暗闇の中 ごうごうと音をたて 燃え盛る炎を操るファイヤーパフォーマンス!

大満足の一日を終え この頃から私のハートは開いていったのだと思います


2日目は4時30分頃には起床し


睡眠時間が短かかったのにも関わらず


すっと目が覚め


朝の静けさとすがすがしさに囲まれた無量光院で朝のおつとめと護摩焚きへ


私の中のDNAの記憶なのか…

幼い頃遊んだ祖父母の寺の記憶や感覚が残っているのか?そこはどこか懐かしい場所でした


沢山のロウソクと護摩焚きの炎が薄闇の中でオレンジ色に光る荘厳なお堂は外国人の客も含め2~30人の人で一杯でした


5~6人の僧侶がお経を読み始めその声を聞き


「ああ そうだ お経は悟りを開くためのマントラだ。

だったら、自分でマントラを唱えなくてもお坊さんたちが唱えてくれる

それにのっかって瞑想をしよう」


と 突然、閃き 読経を聞きながら 瞑想をしていました


一日目の様々な心づくしのイベントや心地のよい出会い


高野山の豊かな自然やそこに1000年以上の年月を経て建っている素晴らしい建築物…


そして どこか懐かしいお寺の風景


それら全てを通し


徐々に感性が開いていったのでしょう


無意識にこれまでよりも深い瞑想に入っていました



どれぐらい経ったのか?

ふと気がつくとお腹のあたりが金色に光輝いていました


もちろん私の目(視神経)はそんなものは映しだしません


目で見たというより身体全体でそう感じ そう心の目で観えたのです


それはとても心地よく現実に五感(聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚、それぞれの神経)で感じたものではなく

それらを超越した第六感のようなもので感じていました

なので どこまでがそれでどこまでが自分で境目はどこなのか?はわかりません


例えるなら それは愛の集合体であり


大海原であり


宇宙であり


私自身が個として存在するのではなく


私そのものがそれなのです


「これが涅槃というものなのだろう ああ 私の中に仏がいる」


思考を巡らせてこの答えを導いたのではなく


無自覚にハートが観たものを今ここで私の魂が感じたものから発せられた心の声でした


ふと見るとぼんやりと護摩を焚く炎が見えました

ゆらゆらと燃え盛る護摩焚きの炎は

まるでお不動さんの炎のようでした


お不動さん(不動明王)とは釈迦 が悟りを開いた菩提樹下の坐禅中に煩悩を焼きつくしている姿だといわれています。


他にも忿怒の相は、我が子を見つめる父親としての慈しみ=外面は厳しくても内心で慈しむ父愛の姿を表現したものであると言われるように

その炎は「愛」であると事前に聞いていました


怒りや煩悩を現す炎は揺らめきながら あるいはまたたく火の粉となり天に昇っていきました


すると やはり心の声が聞こえてきたのです


「感情は浄化なのだ…」


私の中にもどうしても許せない感情 怒り、妬み、憎しみなど様々な負の感情があります


それらは 人前で出すべきでない否定したい感情で そういった感情を持つことにさえ罪悪感がありました


ところが それらを焼き尽くすことでその奥にある本当の「愛」が現れるのだと 直感的に湧いてきたのです


確かにネガティブな感情があるから それを何とかしようとして向上心に繋がるし そういった感情の奥に深い愛情があるのは経験上知っていました


ですが…どうしても そういった感情があること自体への罪悪感、劣等感、無価値観を払しょくすることはできませんでした

これまでは…


どういう訳か、体にストンと落ちていったのです


「いいんだ…。その負の感情があるから浄化され、本当の愛を知るんだ…」



炎をぼんやりと見つめていると

実際 自分が起きているのか眠っているのか分からないような状態になり

いつの間にか目をつぶっていたのでしょう


瞼の裏に以前見たことのあるワンシーンが飛び込みました



それは 初めての子どもが流れた時に見たものでした


黄色い蛍光色の生物の教科書に出てくるような細胞の立体的な壁が迫ってくる夢でした


子どもが流れた時は 何ともいえない後味の悪い夢で

けれども なぜだか

「私は一生この夢を忘れないだろう」

と思いました


当時は恐ろしいような…むなしいような…なんともいえない感覚があったのですが…この時は そういった感情はありませんでした


むしろ 透明な温かさに包まれ

やはり 私の細胞一つ一つが金色に輝き始め


「ああ 私の細胞一つ一つに仏がいるのだ」


と五感を超えた何らかの感覚で感じ 観えたのです


至高体験だとか…ワンネスというのはこのような状態をいうのだと直感的に思いました


私が宇宙であり 宇宙が私である

隔てるものは何もなく

考えは一切なく

ただ 心地い包まれた感覚がそこにあるだけ…


この境地に居続けることができたら

人はずっとずっと幸福に違いない


ブッダはこのことを伝えたかったのだな

真言を唱えるのはこのためのものだったのだな


1時間半の朝のお勤めが終わるまで 私は至福の時間に浸っていました


お勤めが終わり

同じリトリートの参加者さんが


「スッキリした顔をしているね」


と少し驚いたような口調で言いました


そして 私の体にふれると


「とても あたたかいよ」


とやはり驚いて言いました


先程の体験はやはり夢ではなく現実なのだと彼女の言葉を聞いて

改めて思いました





これが 高野山での悟りの体験です


この後、小さな奇跡が起こり続けるのですが…

それは後ほど…



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